2023年06月24日

[余聞3]書写の楷書体、彫刻の楷書体(花蓮華に寄せて)


ある人が言いました。
「タイプデザイナーは縁取りをしてから中を塗りこんでいる。こういうのは双鉤填墨と言って、書道ではやってはいけないこととされている」
書家の受け売りなのでしょうが、双鉤填墨法も書写の複製法として確立している方法だと思います。どうも書道が格上で、タイプデザインは格下という思い込みが強いようです。
そもそも印刷の文字は、木版印刷でも金属活字でも彫刻という工程があります。石碑も印判も彫刻されています。彫刻するとき、だいたいアウトラインを整えることによって、印刷される部分とそうでない部分を分けています。
現在のデジタルタイプにおいても、アウトラインを描くことでグリフを作っていきます。彫刻することによって、肉筆から放たれ、客観的に読むことができるようになると考えられます。

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日本では楷書体というと毛筆で書かれた肉筆を想像することが多いようですが、中国で作られた楷書体は筆書系ではなく、清代の木版印刷の字様を起源とする彫刻系だと思われます。私は筆書系の楷書体と区別するために、彫刻系の楷書体を「清朝体」と呼ぶようにしています。
「花蓮華」の漢字書体は、台湾で制作された彫刻系の楷書体です。それと組み合わせる和字書体は、やはり彫刻系がいいのではないかと考えました。
そこで以前、古書市で買っていた明治期の木版教科書『尋常小学修身教範巻四』(普及舎、1894年)の字様を参考にすることにしました。こうして制作したのが「花蓮華」の和字書体です。
posted by 今田欣一 at 08:21| 活字書体打ち明け話・3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月25日

[余聞3]ゴシック体を毛筆で書くと……(花牡丹に寄せて)

隷書体もまた漢字だけで、日本語の漢字かな交じり文を組むことのなかった書体です。楷書体はまだしも、隷書体の和字書体なんて前例が少ないのです。カタカナはともかく、そもそも隷書の筆法でひらがなを書くのは不自然だし、かといって楷書体の和字書体を転用するというのも無理があります。
色々考えた末に行き着いたのは既存書体のゴシック体でした。ゴシック体に組み合わせている和字書体は、すでに見慣れているので抵抗がありません。これを書写で再現すればいいのではないかと考えたのです。謄写版印刷の「孔版ゴシック体」、地図などで使う「等線体」も同じ方法ではないでしょうか。

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発注元であるリョービのゴシック体を参考にして、まずは毛筆で書いてみることから始めました。楷書体の和字書体では筆の穂先が外にあらわれる(露鋒)書き方ですが、ここでは、筆の穂先を見せずに丸め込む(蔵鋒)書き方にしました。こうすることにより、筆は右上りではなく水平に運びやすくなります。また、太さを均一に保つように、緩急をつけず最後まで力を抜かないように留意しました。
それをベースに、無理に漢字書体に合わせるのではなく、抑制のきいた筆法とオーソドックスな結法を追求しつつ、彫刻という工程、すなわちアウトラインを調整しながら制作したのが「花牡丹」の和字書体です。彫刻系の楷書体「花蓮華」の和字書体と対をなす隷書体「花牡丹」の和字書体として、長い文章でも使えるのではないかと思います。
posted by 今田欣一 at 06:45| 活字書体打ち明け話・3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月14日

[追想3]タイポグラフィ・シンポジウム(1998年)

5年という短い期間でしたが、日本タイポグラフィ協会の会員として、充実した活動ができたと思っています。主な活動として「タイポグラフィ・シンポジウム」と「タイポグラフィ・アカデミー」の企画・運営があります。
当時の日本タイポグラフィ協会には、協会内の勉強会のような委員会(東部研究会・西部研究会)はありましたが、外部に向けての活動はありませんでした。そこで「教育委員会」を立ち上げて、「タイポグラフィ・シンポジウム」と「タイポグラフィ・アカデミー」を開催しました。
「タイポグラフィ・シンポジウム」(1998年)は全3回開催しました。

第1回(2月13日)
「タイプフェイスとフォントはどこまで保護されるべきか」
第2回(6月16日)
「インターネット時代のタイポグラフィを考える」
第3回(12月4日)
「もう一度考えてみよう、タイポグラフィとは何か?」

いずれも、その当時議論になっていたテーマです。3回とも小冊子にまとめてありますので、今でも振り返ることができます。

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posted by 今田欣一 at 08:13| 活字書体打ち明け話・3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月15日

[追想3]タイポグラフィ・アカデミー(1999年−2000年)

「タイポグラフィ・アカデミー」(1999年−2000年)は全6回(12講演)が開催されました。第1回(3月19日)は私がコーディネーターを務めました。テーマ1は「タイプフェイス・デザイン」で、タイプバンク(当時)の高田裕美さんに講師をお願いしました。テーマ2は「フォント・エンジニアリング」で、フォントワークス(当時)の内田富久さんに講師をお願いしました。
「タイポグラフィ・アカデミー」も、「タイポグラフィ・シンポジウム」と同じように、講演を録音して文字起こしまでしていたのですが、予算の関係もあって小冊子を作ることができませんでした。私の手元には、高田裕美さんの講演「タイプフェイス〜選択と評価」のレジュメだけが残っています。丁寧に作成されており、資料としても貴重なものです。

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第2回〜第6回も、コーディネーターを工藤強勝さん、中島安貴輝さん、小宮山博史さん、太田徹也さんにお願いし、「編集」「組版」「校正」「エディトリアル・デザイン」「印刷」「製紙」など10のテーマで、それぞれの専門の方に講演していただきました。なかでも、私が(個人的に)印象に残っているのは、「組版」の逆井克己さんと「校正」の境田稔信さんの講演です。
テーマが地味だったので、日本タイポグラフィ協会の会員の中では評価が低かったのですが、私としては貴重な経験だったと今でも思っています。この12講演をまとめて書籍化したら、タイポグラフィのいい教科書になったのではないか、と今でも思っています。
posted by 今田欣一 at 08:21| 活字書体打ち明け話・3 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする