中央の建物には研修室や食堂などがあった。西側の建物は宿泊施設で、渡り廊下でつながっている。南側の建物は体育館である。
「そこは楽園なのか、監獄なのか」
どのような研修が行われていたか、誰も語ろうとはしない。(しかし私は知っている)
エピソード1 お布施事件
その頃、オーム真理教の一連の事件が世間を賑わせていました。また、統一教会による霊感商法もすでに話題になっていたと思います。
屋久島研修の事前打ち合わせのとき、参加者に水が配られました。社長はメンバーのひとりに向かってこう言いました。
「これはただのグラスではありません。霊験灼かなグラスです。あなたはこれにどれくらいの価値があると思いますか?」
「(しばらく口ごもった後で)3,000円です」
「それでは今すぐ3,000円を私に払いなさい。これは私へのお布施です」
そうなると他の参加者もタダではすみません。3,000円ずつ巻き上げられることになりました。もしその人が10,000円と言っていたら……ゾッとします。たぶん、ただのグラスだったと思います。
巻き上げられた3,000円は戻ってきませんでしたが、研修の終わりに、屋久杉のお土産品が配られました。
エピソード2 外出禁止令事件
屋久島は遠いので、まず羽田空港から鹿児島空港まで移動し、鹿児島で一泊するというスケジュールでした。ホテルでは外出禁止という指令がありました。
その夜、社長があるテレビ番組に興味を示し、「必ず見ておくように!」という電話連絡が、各部屋にありました。どういうテレビ番組だったのかは覚えていません。その時にひとりのメンバーに連絡がつかなかったようです。外出禁止ということでしたが、ホテル内にいれば問題ないと思っていたようです。
翌朝、その人は社長から「屋久島には連れて行かない」と言われました。もちろん「ハイ、そうですか」とは言えません。鹿児島空港の出発ロビーで土下座して謝り、なんとか屋久島までいっしょに行くことができました。
一同、胸を撫で下ろしましたが、これからの研修に向けて、さらに重苦しい空気になりました。
エピソード3 天岩戸事件
屋久島空港から「写研屋久島研修センター」まで車で移動。午後から研修が始まりました。
研修といっても、かつて総務部が行なっていた社員研修のようにしっかりしたカリキュラムがあるわけではありません。社長の心の中ではあったのかもしれませんが、メンバーは何も聞かされていませんでした。
研修室に集まったメンバーに対して、昨夜のテレビ番組の感想を求めました。ひとりひとり感想を話しましたが、どうも社長の期待している感想ではなかったようです。社長は怒って、自室に籠ってしまいました。
メンバーはどうしていいか分からず、社長の怒りを鎮めるにはどうすべきかを話し合うことになりました。代表者が何かしらの結論をもって社長に報告に行きました。そろそろ夕食の時間でした。社長はしぶしぶ出てこられたのですが、その理由がどうだったのかは全く覚えていません。そのような研修でした。
こういうことを通して社長に対する忠誠心を確認したかったように思えました。これは研修という名の「洗脳」だと、私はその時思ったのでした。
エピソード4 沈黙の観光
研修の途中、突然、車に乗るように指示されました。屋久島の代表的な観光スポットを巡ったのですが、ただただ押し黙って歩くだけでした。カメラもないので写真の一枚も撮れず、財布も持って行ってないので土産を買うこともできません。記憶だけが残っています。
今はもう笑って話せるのですが、その当時はかなりの修羅場でした。