写研に入社することになったときに勝手に思い描いていたのは、ベテランの方について徒弟制度のように最初は見習いから始まるのかなあということでした。
実際には若い人ばかりで、その職場には高校卒か専門学校卒が多くて、曲がりなりにも大学卒で入社した私より年齢が下の方が多かったのです。例えば、藤田重信さん、岡田安弘さんたちは社歴では先輩ですが、私より年下でした。
このような話をある人にしたことがありますが、これをずっと覚えていたようです。
「自分が大卒であると自慢していたけど、(専門学校卒である)鈴木勉さんをバカにしていることになるんだぞ!」
こういう受け取り方をされていたことに驚きました。言葉づかいは難しいですね。
鈴木勉さんは、私が入社した時に「スーシャL」という書体を制作されていました。新入社員教育も担当していただき、その後「スーシャB」の制作に加わりました。それから、鈴木さんが退社される1989年3月までの12年間、(少しの期間を除き)ずっと直属の上司でした。
私が第7回石井賞創作タイプフェイスコンテストで第1位になったとき、鈴木さんから言われたことを覚えています。要約しますと、
「たまたま一位になっただけで、他の人より優れているわけじゃない。今まで以上に謙虚な態度で人と接するようにしなさい。おめでとう」
鈴木さんは第2回、第3回石井賞創作タイプフェイスコンテストで連続して第一位となり、写研社内で社員として制作されていました。自分の経験を踏まえたアドバイスだったように思いました。