ある人から「出身大学について自慢げに書いているようだけど、俺は偏差値を知っている。お前はバカだ。恥ずかしくないのか」と言われたことがありました。
わざわざ偏差値を調べてくれてありがとう。だけど、そこで得たことも多かったし、それが今の自分にもつながっています。愛着もあります。今後も思い出を書いていきたいし、母校に対して機会があれば協力していきたいと思っています。
人気コミック「推しが武道館いってくれたら死ぬ」の基玲奈さんが和気町インフルエンサーに就任したというニュースが飛び込んできました。それに乗っかって、基玲奈さんの地元散策ということで、JR山陽本線和気駅から、古い商店街を通り、出身校の和気閑谷高校まで歩いてみました。私にとっての思い出巡りでもあるのです。
高校の校門の目の前にある旭東印刷で活版印刷に出会いました。放課後には必ず立ち寄るというぐらい入り浸っていました。高校の文化祭の印刷物はもちろん、個人的な印刷物なども旭東印刷に頼みました。地元の小さな印刷会社なので、活版印刷といっても案内状やハガキ程度で、タイプ孔版、タイプオフセットが中心だったような印象です。
その1週間前の4月29日には、和気閑谷高校のリアルOB,OGのみなさんと東京ベイコート倶楽部で会食しました。OBの中に、活字書体に興味のある方がいてびっくりしました。
翌日、卒業以来46年ぶりに母校、九州産業大学芸術学部を訪れました。当然のことながら、まったく変わっていました! 私の学生時代には、JR鹿児島本線に九産大前駅もなかったし、大学の北門もありませんでした。
北門の向かいには「チトセヤ画材東店」があります。昔はこの場所ではなく、正門の前からJR鹿児島本線の踏切を渡ったところにありました。その隣には喫茶「貘」がありました。目の前にスクールバスの駐車場があり、待ち時間に入り浸っていたものです。「貘」は、今は親不幸通りで「屋根裏貘/アートスペース貘」として続いています。「貘」を書体名にしたので、もうひとつのレタリングは、心の中で「チトセ」ということにしています。
この日は私の誕生日でした。九州産業大学芸術学部の栗田学部長、ソーシャルデザイン学科の伊藤教授、桜井准教授、日本タイポグラフィ協会理事の茂村さん、九州ADC代表の梶原さんに祝っていただきました。
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