仕事では「秀英明朝」や「かな民友明朝」と「かな民友ゴシック」、自宅では「第7回石井賞創作タイプフェイスコンテスト」への応募に向けての制作をしているころでしょうか。つまり、活字書体の復刻を仕事でやりながら、自宅では書字の基礎を学び、コンペで新しい試みにもチャレンジするという、対照的なことをしていたのですね。
当時は、まだワードプロセッサーは一般的ではありませんでした。会社では、「企画書」や「仕様書」などもすべて手書きでした。もっとも、パーソナルコンピューターが一般的になってからも、写真植字の会社でしたので、自社書体を搭載していないパーソナルコンピューターの導入には消極的でしたね。
「企画書」や「仕様書」を書くときには、パイロットの「デスクペン」を使っていました。ペン軸のついた万年筆です。値段も手頃で、インク・カートリッジが使えたので使い勝手がよかったのです。
ペンの力を侮るなかれ……でした。
「ペン習字教育講座」では、日本語の文章すなわち漢字かな交じり文の書写を学びます。当初は気軽にできるということで始めたのですが、そこには、初心者として必要なことはすべて入っていました。ちがいは、毛筆であるか、ペン(鋼筆)であるかだけです。その素材によって書写されたもののイメージは少しことなるようですが、基本は同じなのでしょう。
動物の毛を材料にしたのが「毛筆」、黒鉛の粉末を材料にしたのが「鉛筆」、ペンは「鋼筆」です。ボールペン(圓珠筆)やフェルトペン(毡頭筆)など、筆記具には「筆」という字が使われています。毛筆もペンも記すための用具ということでは同じ「筆」なのです。
「ペン習字教育講座」は、毛筆をのぞいた「日本語書写の総合講座」ともいえるものでした。ざっくりと、その内容を紹介しておきましょう。

●「ペン習字教育講座」教科書 上
上巻の内容は、ひらがな・カタカナ、漢字の基本(楷書・行書)、ローマ字について勉強し、漢字かな交じり文(縦書きと横書き)でした。
漢字では楷書の「孔子廟堂碑」や行書の「蘭亭叙」など、毛筆で取り上げられるような古典がペン習字の基本として掲載されています。かなでは「高野切第三種」と「粘葉本和漢朗詠集」がペン字による臨書とともに挙げられています。さらに、カタカナの臨書の手本として「三宝絵詞」が取り上げられているのには驚かされました。ローマ字は小学校の英習字レベルですが、「手書き体(マヌ・スクリプト体)」と「筆記体(スクリプト体)」の2種類がありました。
漢字(楷書)かな交じり文と、漢字(行書)かな交じり文、それぞれの縦書きと横書きが同じくらいの割合で出てきます。漢字かな交じり文の横書きは、「書道」の講座ではあまり出てこないものです。

●「ペン習字教育講座」教科書 下
上巻を基礎編とすれば、下巻は応用編というべきものです。「書道」ではなく「習字」なので、実用性を重んじているようでした。
まず、漢詩、短歌、俳句、詩を書くという課題からはじまりました。ここにいたって章法、レイアウトが加わります。ここでも古典の鑑賞として「寸松庵色紙」や「升色紙」が示されています。つづいて、手紙文、封筒、はがき、いろいろな書式で書く、ノート、日記、原稿用紙に書くという課題です。「趙子昂行書千字文」が示されるなど、ペン字といえども古典の大切さを教えてくれます。
おまけのような感じですが、筆記具や場面のバリエーションについて。鉛筆、ボールペン(圓珠筆)やフェルトペン(毡頭筆)などを用いて、のし袋や小包の表書きなどを書くという課題や、速書きについての練習。草書の基本が簡単にあり、視写・聴写の方法も示されています。
受講期間は12ヶ月でした。課題も12回提出しました。12回の課題を提出し、 課題作品は添削指導され、講評と評点がつけられました。評点は100点法によって採点されましたが、まずまずといったところだったでしょうか(自分にあまい)。
いまはペンで書くことはすっかりなくなりましたし、ぼくの場合、それほど上手になったというわけでもなさそうです。活字書体(日本語総合書体)制作のうえで、役にたっているかどうかはわかりません。ただ、「ペン習字教育講座」で「書写」の基礎の基礎を学んだということは確かなことです。