2013年05月31日

[コンペは踊ろう]第3章 書写から活字へ(3)

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● 第15回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト 試作書体 1998年

 第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体(以下、第14回書体と略す)は「筆記具は変わっても楷書や行書の基本は変わらない」という考えかたで制作したが、第15回(1998年)石井賞創作タイプフェイス・コンテストにおいては、「隷書の基本も変わらない」ということを考えた。
 楷書体、行書体の硬筆書体はよくあるが、隷書体の硬筆書体はみられない。『書道教範』(井上千圃著、文洋社、1934年)でも隷書は毛筆のみである。学校教育では学習することはない。隷書の硬筆書体はそれまで見たことがなかった。楷書体、行書体とともに隷書体の硬筆書体にも市民権をあたえたいとの思いが強かった。
 第14回書体と同じように、自分の筆跡を基にしてフェルトペンで書いた書体を出品した。制作にあたっては、かつて謄写版印刷などで書かれていた手書きの等線ゴシック体が参考になった。こうして、石井賞創作タイプフェイス・コンテストの課題文字を制作した。
 第14回書体ではストリームライン(Adobe Streamline)のほかイラストレーター(Adobe Illustrator)を使ったが、第15回からはフォントグラファー(Fontographer)に切り替えた。デジタル・タイプとして制作するのは初めてのことだった。

 しかしながら第15回石井賞創作タイプフェイス・コンテストには応募していない。だからこの試作書体を応募していれば入賞していたかもしれないし、落選していたかもしれない。株式会社写研を退社していたので応募を差し控えたのである。一般に向けて募集しているのだから、むしろ社員でないほうが好ましいはずであるが、躊躇する理由があった。
 応募要項にはつぎのような条件があった。

入賞作品(1位〜3位)についての著作権等の権利(二次的作品の権利も含む)は写研に帰属します。

 第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト出品書体は2位に入り、商品化に向けて準備していたが、私の退社とともに商品化は消滅した。この条件で応募したのでやむを得ないことだが、自分の筆跡をベースにした書体の商品化の権利が自分にないことに違和感を覚えた。第15回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト試作書体(以下、第15回試作書体)が仮に入賞するようなことがあれば、事実上商品化できないことになってしまうからである。
 出品しなかったもうひとつの大きな理由として、隷書体を書き慣れていないということがあった。もっと書き込んでから書写し、活字書体として制作した方がいいと思われたからである。第15回試作書体では、まだまだぎこちなさが残っており、納得できるものではなかったのである。

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●自宅での2代目(Power Macintosh 7100)※第14回書体を制作していたころ。

 「漢字エディットキット」というアプリケーション・ソフトウェアが1997年秋に発売された。フォントグラファー(Fontographer)の正規ユーザーを対象にした優待価格ですぐに購入した。これにより、特別なツールを使わなくても日本語のデジタル・タイプを作成でき、日本語の文章でテストができるようになった。さらには、商品化でき、販売できる道が開けたことも大きかった。(つづく)
posted by 今田欣一 at 19:16| 活字書体の履歴書・第3章(1994–2003) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする