
●第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1996年
第14回(1996年)石井賞創作タイプフェイス・コンテストに応募のときに添付する制作意図に書いている内容を見直してみよう。
◆書写と活字について
最近は、さらりとした感じの気楽な書体が多い。感覚的には面白いかもしれないが、タイプフェイスとしては寂しい気がする。そんな思いから、奇をてらわない正統的なタイプフェイス・デザインに挑戦することにした。一見、ごく普通の楷書である。
気楽な書体が多いというのは、当時の石井賞創作タイプフェイス・コンテストへの応募書体に対して書いたのであるが、デジタル・タイプになってさらに顕著になってきたようだ。メールなどかつて手書きで書かれていた私的な文章がデジタル・タイプで組まれるようになると、従来の肉筆の暖かみをデジタル・タイプに求めるようになったということだろう。
そうなると他人の書写物ではなく、自分の筆跡で私的な文章を書きたいと思うのは必然だろう。手書きフォントと言われるようになり、専用の安価なアプリケーション・ソフトウェアや、フォント化サービスまで登場してきた。手書きフォントによる疑似的な肉筆が多くみられるようになった。
第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体(以下、第14回書体と略す)も手書きということでは同じなのである。応募書体のベースとしたのは自分の筆跡なのだ。いろいろ試してみたが、結局は書き慣れている自分の筆跡がしっくりきたのである。
自分の筆跡だが独創性をねらったわけではない。書写でいえば「浄書」ということになる。普段着ではなくよそ行きの文字である。それが評価されたとき、読む人に共通する審美性が認められ、自分の手からは離れていくのだと思う。正統的な書体と書いたが、汎用性のある書体とすべきであった。
◆書写の用具について
自分の筆跡を基にして、フェルトペンで書いてみた。毛筆やペン字とは異なる、現代的で透明感のあふれる雰囲気になったと思う。
毛筆やペン字からの活字書体はすでに制作されていたので、実験的な場である石井賞創作タイプフェイス・コンテストに応募するには、新しい筆記具を使わなければならないと考えた。私が選択したのはボールペン(ball-point pen)ではなく、フェルトペン(felt-tip pen)だった。
フェルトペンとはペン先にフェルトを用いたペンである。合成繊維や合成樹脂を利用している場合にも、フェルトペンと呼んでいる。マーカー(marker)とも呼ばれる。具体的には三菱鉛筆が発売しているポスカ(POSCA)の細字タイプを使用した。ポスターカラーのような黒だったからである。
現物が残っておらず、記憶も不確かなのだが、16mmボディサイズを設定して書いたと思う。16mmというのは、3倍すれば48mmという計算があったと思う。ひらがなは文章を書いて抜き出した。ただし、倍率は正確に3倍にしたのではなく、微妙に調整したと思う。
◆書体制作の方法について
前回から、パソコンを使って制作するようになった。だが、文字は人間の肉体から生み出されるということを決して忘れてはならない。
当時は私が会社でコンピューターを使う機会はなかった。書体設計・制作はアナログでおこない、それをデジタルに変換するという考え方だった。デジタル化のセクションは関係者以外の立ち入りを禁じられていた。石井賞創作タイプフェイス・コンテストにおいても、あいかわらず指定の原字用紙に描いてパネルに貼るという方法が継続されていた。
16mmサイズで手書きしたものをスキャンし、48mmサイズに拡大した。ストリームライン(Adobe Streamline)でアウトライン化し、イラストレーター(Adobe Illustrator)でアウトラインを修整した。フェルトペンで書いたものを生かすということで、出力された原字の太さの調整のために少し手を入れただけであった。パーソナル・コンピューターは使ってはいるが、それは補助的であり、デジタル・タイプ化ということではなかった。
イラストレーターのデータを、指定の原字用紙にピッチを合わせて出力した。とにかく指定の原字用紙を使わなければならなかったのだ。逆に言えば、指定の原字用紙を使って黒インクの文字がありさえすればよかったのである。規定すれすれの方法を考えたものだ。そうまでしてパーソナル・コンピューターを使うのは、はるかに効率がよかったからだ。これが私のパーソナル・コンピューターを使った書体制作のはじまりであった。
この書体を第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテストに出品したが、残念ながら2位に終わった。