2013年05月21日

[コンペは踊ろう]第3章 書写から活字へ(1)

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●第14回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1996年

 1990年夏、私はイギリスのオックスフォードで開催されたType90というイベントに参加する機会を得た。これが石井賞創作タイプフェイス・コンテストへの応募書体への大きな転換のきっかけとなった。

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 コーパス・クリスティ(Corpus Christi)ではふたつのワークショップに参加した。アメリカのジョージアンナ・グリーンウッド氏のカリグラフィ(Calligraphy)ワークショップでは、カリグラフィにおける文字形象の特徴について実演をまじえて説明された。ジョン・ベンソン氏のストーン・カッティング(Stonecutting)ワークショップでは下書きの実演と石彫の実演とがあった。
 レディング大学(Reading University)では、マイケル・トゥワイマン博士の案内による鋳造活字(casting type)ワークショップが開催された。19世紀のポスターや端物印刷のコレクションを見たのち、活字版印刷所において、スタン・ネルソン氏による手作業の金属活字彫刻と鋳造の実演。そして自動鋳造植字機(Monotype)による植字と鋳造の実演と、ミック・ストックス氏の平圧印刷機による19世紀の木活字を使ったポスターの印刷の実演を見学した。

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 クライスト・チャーチ(Christ Church)ではデジタル・タイプに関するワークショップが開催されていた。ロバート・スリムバック氏の書体設計(Type design on the Macintosh)ワークショップでは、マッキントッシュでの書体設計を当時開発されていたミニオン・ファミリーを例に実際にマッキントッシュでのソフトウェアを操作しながら説明された。ジョナサン・ホーフラー氏の書体工房(Type studio)ワークショップでは、アウトラインのコントロールやサイドベアリングの調整がいかに効率よくおこなえるかということが強調され、コンピューターによる電子活字の設計への移行を決意させようとするものであった。

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 これらのワークショップをきっかけとして、私は1991年5月にMacintosh-IIsiを購入した。同時に、書体設計に必要だと思われるソフトウェアとして、フォントグラファー(Altsys Fontographer)のほかに、イラストレーター(Adobe Illustrator)、フォトショップ(Adobe Photoshop)、ストリームライン(Adobe Streamline)を購入した。今やパーソナル・コンピューターなくして活字書体設計はできないといっても過言ではない。私の制作活動に大きな変革をもたらした。

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 その一方で、書写から彫刻へ、さらには金属活字へという過程を目の当たりにすることによって、肉筆と活字との関係、書写の様式化ということを考えるようになった。パーソナル・コンピューターを使って制作するようになって、私はなおさら肉筆ということを強く意識するようになった。

 第12回(1992年)、第13回(1994年)石井賞創作タイプフェイス・コンテストでは、パーソナル・コンピューターと肉筆の間で試行錯誤をくりかえしたが、残念ながら入賞することはできなかった。
 第14回(1996年)石井賞創作タイプフェイス・コンテストにおいては、「筆記具は変わっても楷書や行書の基本は変わらない」という考えかたに立って、自分の筆跡を基にしてフェルトペンで書いた書体を出品した。現在の筆記具では、毛筆を使う人は少なくなりフェルトペンが使用されることが多いということをふまえてのものだ。毛筆やペン字とは異なる雰囲気の書体になった。(つづく)
posted by 今田欣一 at 19:06| 活字書体の履歴書・第3章(1994–2003) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする