●第7回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1982年
第6回石井賞創作タイプフェイス・コンテストに出品するための過程で、私はもうひとつの試作をはじめていた。
江戸切子にみられるカット技術による模様を応用し、ウルトラボールド・ウエイトの文字を構成する広い平面に濃度ムラを表現しようとしていた。それは作為的ではなく自然な味わいで描写することが必要であった。ドローイングのような階調が、頭に浮かんでいた。1978年春のことである。
その年の夏の最初の試作では、菱形を並べて作った文字が目に痛いほどチラチラしていた。錯視による線の歪みも激しいものだった。
1980年の秋。ふと思いついて、印刷に関する書物をめくってみた時である。単線スクリーンによる図版が目に止まったのだ。『デザイン整版』再版(小池光三編著、印刷学会出版部、1972年3月)である。その図版の単線スクリーンの平行線は先端が丸くなっていたので、私には紡錘形に感じられた。菱形から紡錘形へ、この些細な事がすべてを解決した。視覚的な線の歪みをある程度抑えてくれ、美しい階調が表現できたのである。
●L.Bellson"Percussion"のレコード・ジャケット(部分)
写真製版において階調の再現にもちいられていたスクリーンは、錯覚によって階調を再現したかのように見せるためのものである。大日本スクリーン製造という社名の由来は、設立当時に主要製品として製造していたガラス・スクリーンにある。同社の前身である「石田旭山印刷所」はこのガラス・スクリーンの国産化に成功し、1943年にガラス・スクリーンのメーカーとして大日本スクリーン製造株式会社を設立した。
スクリーンには、規則的で均一な大小の点に置き換える方法の網目スクリーンや、不規則な素粒子に置き換える方法の砂目スクリーンがある。単線スクリーンは、階調のある画像を多数の平行線に置き換えたものである。歴史的には網目スクリーンより前にあらわれている。再現性は悪いが、単線スクリーンの迫力はイラストレーションのような効果が期待できる。
タイプフェイスで濃淡を作る手段として選んだのが、単線スクリーンのダイナミックなイメージであった。網目スクリーンや砂目スクリーンでも濃淡を作ることは考えられるが、この単線スクリーンの迫力にはかなわないだろう。(つづく)