2013年04月20日

[コンペは踊ろう]第1章 装飾書体の時代(2)

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●第6回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1980年

 石井賞創作タイプフェイス・コンテストは、商品として発売することが約束されてはいなかった。主催者である写研が商品として別に検討したうえで、契約上の諸条件が合意されたものが商品化されたのである。第1回の「ナール」がヒットしてしまったので、商品開発のためのプレゼンテーションの場になってしまったように思える。主催者が一企業であるという宿命なのかもしれない。
 しかしながら私にとってコンテストというものは新しい提案の場であった。日常の業務からはなれて、挑戦的・挑発的なものを作っていこうと考えていた。実際に市場に出たとき、どう使われるかということはまったく考えていなかった。
 第6回石井賞創作タイプフェイス・コンテストに応募するにあたって、運筆に沿ったラインによる書体を制作した。この書体は、木版画を思わせる素朴な暖かい味わいのある「質感」を表現したかった。木版画といっても浮世絵のような板目木版ではなく、木口木版の鋭利で細密なテクスチュアをイメージしていた。それに加えて、「量感」をも感じさせるようにラインの太さと交差の処理を工夫した。
 その結果として、丸い柱と梁をもった石造りの建築物のような書体ができあがった。もちろんすべて手書きである。それぞれのラインの太さを変えることによって立体感をあらわした。間隔をコントロールすることにも気を使わなければならなかったので、思った以上に手間のかかる書体になった。
 幸いなことに、この書体は第6回石井賞創作タイプフェイス・コンテストで第3位になった。だが自分自身では決して満足できるものではなかった。それは泥臭いイメージのものになってしまっていたからである。
 さらに幸いなことに、この書体を商品化しようという話は主催者からなかった。3位までに入った書体には写研に商品化の権利を自動的に譲渡するというのが応募の際の条件となっていたので、商品化の可能性はあったわけだ。もし商品化するということにでもなっていたら、何千字も制作しなければならなかったところだ。精神的にまいってしまったかもしれない。
posted by 今田欣一 at 17:19| 活字書体の履歴書・第1章(1977–1983) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする