2013年03月27日

[航海誌]第2回 かな民友ゴシック

kitchen02a.jpg
(かな民友ゴシックの文字盤)

 有限会社字游工房では、東京築地活版製造所の「初号明朝体活字」の和字書体をベースとした「游築初号かな」ファミリーとともに、「游築初号ゴシックかな」ファミリーを開発、販売している。この「游築初号ゴシックかな」について、つぎのように説明されている。

私たちがベースにしたのは『藤田活版製造所・ボックス式鋳造初号ゴシック』の見本帳です。昭和6年5月というクレジットが入っています。母型は東京築地活版製作所のものだろうと思っていますが、違うかもしれません。いずれにしても金属活字時代の見出しゴシックを代表するかなです。写植書体の『かな民友ゴシック』も同じ系統のかなです。


 ここで触れられている「かな民友ゴシック」を私が担当したのは、1981年だった。ベースとして渡されたのは初号活字が並んだ印刷物のコピーのフィルムだったのだが、民友社初号ゴシック体の和字書体ということであった。
 すでに「かな民友明朝」を制作していたので仮想ボディ48mmサイズになるように拡大することからはじめたのも同じである。制作の進め方も同じで、修復法(写真のピンホールを埋めるスポッティングのような手法)で、インキがはみだしたり、かすれていたりしているようなところを修整していった。

kitchen02b.jpg
(民友社ゴシック体活字)
※この見本帳では、初号の見本は漢字しかない…。

 この「かな民友ゴシック」は私の好みではなかった。当時は中村征宏氏デザインの「ゴナU」が人気だったので、どちらかといえば、そういった現代的な感じのする書体に興味を持っていたので、「かな民友ゴシック」は古くさいと感じていた。だから、命じられた仕事のひとつとして、淡々とこなしたのであった。
「ゴナU」について、中村征宏氏は『文字の巨人』(インタビュー・構成=鳥海明子・字游工房、2004年)で、つぎのように話している。

「ゴナの発想ですが、以前ポスターを見たときにアルファベットのサンセリフと普通の和文ゴシックを組んだものを見たときに印象が違うことが気になっていて。和文ゴシックの横線は左右が、縦線は上下が開いたり、少し打ち込みの感じを持たせた形をしているのに対して、アルファベットの『H』の線は完全な長方形ですよね。だからあの線を使ったほうがアルファベットと混植したとき、これまでのものよりは違和感が少なくなるんじゃないかと思っていました。それが線質を決めた理由です。
 それから直線的な線は、雰囲気はないかもしれないけど、シャープでモダンになるかなぁというのもありました。アルファベットの感覚を持ち合わせたかったですね。ゴナは毛筆から卒業したというか、筆を引きずらないで別のものにしたということを評価していただけると非常に嬉しいですね(笑)」


「ゴナU」はのちにファミリー化されて、写研を代表する書体のひとつとなっていく。そんな時代だったのである。「ゴナU」とは対照的な「かな民友ゴシック」ではあるが、実際に担当すると、ちょっととぼけた感じのするこの書体に愛着がわいてきた。捨てがたい魅力を感じ始めてきたということだろうか。

kitchen02c.jpg
(「ゴナU」は、のちにファミリー化された)

 和字書体の復刻にあたっては、組み合わせる漢字書体を想定していた。「かな民友明朝」については、同時に開発されていた秀英明朝(SHM)にあわせることを前提とした。既成の書体の中でいちばんマッチすると思われたからだ。「かな民友ゴシック」と組み合わせる漢字書体は、マッチする書体を見いだせなかった。次善の策として既製書体の中から雰囲気の合っている新聞ゴシック体(YSEGL)に合わせることにしたが、どうもしっくりこない。可能ならば秀英ゴシック(仮)を写植文字盤として制作すればいいのにと、当時は漠然と思っていたものである。
 ところが、写研のデジタル・タイプ見本帳である『タショニム・フォント見本帳No.5A』(株式会社写研、2001年)には、「かな民友ゴシック」が新聞ゴシック体(YSEGL)と混植されているのは仕方ないとして、「かな民友明朝」も新聞特太明朝(YSEM)との混植が掲載されている。制作当時いろいろ検討して決めただけに残念なことだった。

 この『タショニム・フォント見本帳No.5A』に掲載されているほとんどすべての書体が、文字盤用の原字からデジタル・タイプ(C-フォント)化されたということである。当時のデジタル・タイプの担当部署での工程を詳しくは知らないが、デジタル・タイプ化されたということは、あらたな段階の復刻がなされたということなのである。
 私が活字清刷から復刻した写植文字盤用の「かな民友ゴシック」は、ほかの担当者によってC-フォント用の「かな民友ゴシック」としてさらなる再生をはたした。「游築初号ゴシックかな」は、「かな民友ゴシック」と同系統にある藤田活版製造所の活字書体を復刻したものである。「かな民友ゴシック」と「游築初号ゴシックかな」は、時代をこえて受け継がれていく書体の、現在におけるそれぞれの姿なのであろう。
posted by 今田欣一 at 18:49| 活字書体の履歴書・第1章(1977–1983) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする