楷書体、行書体の硬筆書体はよくあるが、隷書の硬筆書体はそれまで見たことがなかった。学校教育では学習することはない。楷書体、行書体とともに隷書体の硬筆書体にも市民権をあたえたいとの思いが強かった。隷書体の硬筆書体はそれまで見たことがなかったので、自分の筆跡を基にしてフェルトペンで書いた。
佐藤豊氏の連載エッセイ「書体ウォッチャー」では、つぎのように紹介されている。
欣喜隷書・試用版の頒布開始! 2001/09/11
書体デザイナー今田欣一さんのサイト「欣喜堂」で、2つめの総合書体・試用版の頒布が始まっている。今度の書体は「欣喜隷書」。本文が組める隷書体だ。彼の総合書体3部作は、伝統書体の古典イメージを損なわずに、現代人にも読みやすく使いやすいように新しくデザインする、という方向性の書体シリーズだと思う。
このような地に足をつけた地味な書体デザインこそ、活字や写植文字を専門に開発してきた古参フォントメーカーが本来やるべきことなのだと思うが、いまのフォントメーカーにそんな期待をしても…無理…のようだ。
「欣喜隷書・試用版」は、硬筆書体として試作したものであった。とりあえず漢字1,000字余だけの試用版を制作し、「欣喜楷書・試用版」と同じように無料頒布しようという企画であった。2001年のことである。
さらに謄写版印刷などで書かれていた手書きのゴシック体を参考にして見直し、「欣喜平」とした。
謄写版は孔版の一種で、俗にガリ版ともいう。ヤスリの上に原紙をおいて、鉄筆で文字を書くことからはじまる。鉄筆は謄写版印刷機用の文字を製版するための道具である。謄写版が主流だった時代、学校や役所の文章は、これで印刷されていた。その記憶が四半世紀を経てよみがえったのだった。
孔版の基本書体は楷書体とゴシック体である。楷書体は斜目ヤスリ、ゴシック体は方眼ヤスリを使用する。私の購入したヤスリは、斜目ヤスリと方眼ヤスリとが、裏表になっているものであった。私はもっぱら方眼ヤスリを用いたゴシック体で書いたものだった。
ゴシック体といっても手書きなので、波磔のない隷書体のようでもあった。少し隷書体であることを加味しながら制作していった。お手本としたのが『書道教範』(井上千圃著、文洋社、1934年)などの毛筆による隷書体だった。
試用版の無料頒布期間が終了したのち、あらたに制作したのが「ラズベリー」である。『中国硬筆書法字典』(司惠国・王玉孝主編、世界図書出版公司、2003年)には硬筆の隷書がみられた。これを参考にして全面的に修整した。
そして今、原点に立ち返って「欣喜隷書・試用版」から見直し、「さるまる吉備隷書W3」として継続している。