2016年03月04日

特別編 デジタル・タイプのできるまで(北京北大方正電子有限公司訪問記)

日時:2016年1月11日(月曜日)9:00−12:00 現地時間
場所:北京北大方正電子有限公司・字庫業務部

2016年1月11日(月曜日)午前9時、劉慶さんとともに北京北大方正電子有限公司・方正字庫を訪れました。字庫業務部字体開発総監の仇寅さんと、汪文さんに案内していただきました。

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字庫業務部は5階でした。この写真は踊り場のところです。

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1 展示室

まず展示室に。デジタル・タイプでも、筆書きの書体などは紙に描かれています。
紙原字のほか、今まで制作された書体のパネル、使用された新聞・書籍などが陳列されていました。

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※方正字庫のパンフレットより
(見学に集中していて、展示室の写真を撮るのを忘れていました!)
 


2 書体制作部門

緑が多い書体デザイナーのフロア。女子が多いようです。パーテーションで個別に仕切られており、集中できる環境になっています。

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「方正蛍雪」を制作しているところです。独自開発のツールを使っているそうです。

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3 技術部門

風船が浮かんでいるフォント・エンジニアのフロア。こちらには男子もいます。パーソナル・コンピューターに向かって作業していますが、具体的に何をしているのかはよくわかりませんでした。おそらく日本のフォントメーカーと同じだと思います。

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2015年04月04日

特別編 金属活字のできるまで(株式会社モトヤ「活字資料館」見学会レポート)

株式会社モトヤ「活字資料館」見学会
日時:2015年3月27日(金曜日)14:00−16:00
場所:株式会社モトヤ内「活字資料館

プロローグ
学生時代に、『書体デザイン』(桑山弥三郎著、グラフィック社、1972年)を読んで以来、いつかモトヤでの活字製造工程を見学したいと思っていました。そのモトヤも、1996年7月31日をもって、創業以来75年間にわたって製造してきた金属活字から撤退してしまいました。
さいわいなことに株式会社モトヤ大阪本社2階において、創業した1922年(大正11年)から1996年(平成8年)まで営んでいた金属活字の製造や組版作業の過程を、「活字資料館」として常設展示していることを知り、見学する機会を得ました。

2015年3月27日(金曜日)午後2時少し前、株式会社モトヤ大阪本社を訪れました。

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技術部次長の芳仲孝夫さんと、ベテランの霍田裕さんに案内していただきました。まずは会社案内、書体総合見本帳、活字資料館資料の3点セットによって、簡単なガイダンスがありました。(写真はあとで撮影しました)

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「活字資料館」は、活字製作をしていたのと同じ場所に開設されています。この「活字資料館」では、貴重な機械、設備、備品、資料を間近で見ることができます。

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その展示品により、金属活字の製造工程をみていくことにしましょう。


1 原字制作部門

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原字制作についての説明板です。原字は2inchサイズで画かれます(写研ではおもに48mm)。写研の原字用紙は8文字が1シートになっていましたが、モトヤの原字用紙は1字ごとになっていたそうです。小さくて制作しづらいのではないかと思いますが、「小回りが利くのでやりやすい」ということのようです。

書体制作用具

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墨と硯、烏口、三角定規、面相筆、ポスターカラーのホワイト、ルーペ、そしてライト・テーブル。写研で使っていたのと同じものが並んでいます。毎朝、墨を擦ることから始まるというのはまったく同じでした。小皿にホワイトが出ているのがリアルです。
違うところは、原字用紙が小さいことと、写研ではまったく使ったことのない雲形定規があるということです。写研では、曲線を引くときには溝引き定規とガラス棒を使っていました。

書体制作の工程

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最初に見たものは現物でしたが、実際に作業しているような写真パネルもありました。工程の名称は異なりますが、写研での工程とほぼ同じでした。
「基本デッサン」「鉛筆デザイン」
写研でいう「下書き」ですが、やり方はまったく同じようです。
「清書」
写研では「メーキャップ」と呼んでいた工程です。大幅な修整が難しい紙原字においては重要な工程です。
「墨入」
この写真では墨を入れているところですが、写研での「墨入れ」「仕上げ(修整)」「センター入れ」を含む工程のようです。
「原字シート」
原字にはセンターとボディ枠が入れられ、最終的には原字シートに貼られます。写研ではセンターだけでしたが、活字ではボディ枠の線も必要ということです。

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この見本は、代表的な3書体を説明するためのものですが、実際には同じ書体の字種が並べられます。10字単位というのはデジタル化のためのスキャニング用のものだそうで、以前の製版カメラ用のものはこの倍ぐらいのシートだったということです。


2 活字製造部門

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活字製造についての説明板です。製造された「ポジフィルム」「原版」「母型」「活字」の現物が並べられています。その工程のすべてが、モトヤ本社のこのフロアで行われていたということです。

原版(パターン)
彫刻母型の設計図となるのが亜鉛でできた「原版(パターン)」です。紙に画いたものを製版カメラでネガフィルムを作成し、反転してポジフィルムにして、それを亜鉛板に焼き付けたあとに腐食させて凹字にするという工程です。

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「原版(パターン)」は手にとって見ることができました。ボディ枠でカットされているので、センターを内側に引く必要があったようです。

続いて、「母型」と「活字」の製造工程です。実際に作業しているような写真パネルがありました。

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母型製造(ベントン彫刻機)
ベントン彫刻機は、活字の母型を製作する機械です。機構はパンタグラフの原理です。原版(パターン)をベントン彫刻機のフォロアー(針)でなぞると、その動きに連動してカッター(彫刻刃)が動き、母型材(マテ)を刻みます。

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パターン(原版)を下部のテーブル上に取付け、フォロアーでなぞります。

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その働きを縮減して上部に取付けた精巧な小旋盤に伝えます。カッターは毎分8,000回転から10,000回転して母型材を彫刻します。通常カッターは、荒彫・中彫・仕上の3本を使用するとのことです。

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このベントン彫刻機に触ることはできますが、残念なことに壊れていて動かないそうです。なんとか修理して、実際に体験できるようにしてほしいとお願いしましたが、実現は難しいということでした。

1996年まで実際に使用されていた母型が展示されていました。

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活字鋳造(活字鋳造機)
活字鋳造機は、活字地金(鉛合金)を350℃前後で溶かし、母型に流し込んで活字を鋳造する機械です。4台が保存・展示されています。せっかく保存されているのに動かないというのはもったいないと思いました。

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母型を自動的に運んでいくタイプの機械だそうです。

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できあがった活字が送り出されています。

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鋳造された各サイズの活字の見本が展示されていました。

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3 活版印刷部門
活版印刷についての説明板です。「文選」「植字(組版)」「結束」「ならし」「本締め」「印刷」そして「解版」までの工程が写真によって説明されています。

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活字組版と刷版
活字組版と清刷りの見本が展示されていました。活字組版はそのまま刷版にもなり、凸版印刷機で直刷りすることができます。

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紙型、新聞輪転機用の鉛版などの展示もありました。新聞用鉛版は、活字組版から耐熱性のある和紙でできた特殊な紙で紙型をとり、その紙型を版胴の形状にして溶融した活字地金を流し込んで作るそうです。

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活版印刷(自動フート印刷機)
動力式の自動フート印刷機です。手フート印刷機はよく見ますが、自動フート印刷機は初めて見ました。手フート印刷機にモーターを付け加えた構造のようです。

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その他の展示

タイプライター、そしてデジタルタイプへ
鉛合金の活字のほかにタイプ活字も作られていました。鉛合金の活字は、鉛を主成分としたアンチモニー・錫の合金ですが、タイプ活字は亜鉛を主成分としてアルミニウム・銅の合金だそうです。タイプ活字の母型も、ベントン彫刻機によって彫られていました。

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タイプライターは、1971年の手動タイプレスから、1976年に電動タイプレスとなり、1982年の電子組版機を経て、1985年にはレーザー出力の電子編集組版システムへと発展していきました。このような組版機器の変遷から、ビットマップフォントや、IKARUSによるデジタルフォント制作につながっていったということです。

書体見本や技術資料など
大正から昭和にかけての国内外の書体見本や技術資料など貴重な資料を閲覧することができます。東南アジア各国の原字シートも展示されていました。

モトヤ書体の現在
モトヤ書体の主な導入事例も展示されていました。「日本経済新聞」「産経新聞」などはモトヤ書体、Androidスマートフォンの表示書体もモトヤ書体、Google、マピオン、ゼンリンなどの地図サイトもモトヤ書体です。

「山陽新聞」もモトヤ書体です。(写真はあとで撮影しました)

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エピローグ
気がつけば、午後4時近くになっていました。小さな展示室ではありましたが、充実した内容でした。このままの状態を維持し続けていただきたいと思います。長い時間案内していただいた芳仲さんと霍田さんに感謝申し上げます。
この日、モトヤ創業の地である姫路では、世界文化遺産・国宝「姫路城」の大天守が約5年半におよぶ保存修理を経て、グランド・オープンを迎えていました。混雑が予想されますが、帰りに姫路に立ち寄り、せめて大天守の外観だけでも見たいと思ったのでした。(写真は3月31日に撮影しました)

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株式会社モトヤ「活字資料館」の紹介
所在地:大阪市中央区南船場1丁目10-25 株式会社モトヤ内
問合せ先:06-6261-1931
開館時間:株式会社モトヤの営業時間内
入場料:無料
※見学にあたっては事前の予約が必要。
posted by 今田欣一 at 09:10| 書体設計の現場から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月12日

特別編 写植文字盤のできるまで

 先日、原宿の表参道画廊で開催されていた「Moji Moji Party No.5 写植讃歌」(株式会社文字道・主催)に行ってきた。年配の方が多いと思いきや、写植を知らない若い人で大盛況。写真植字機(スピカAH)による写植印字体験が受けていたようだ。
 話を聞いているうちに、「そういえば、最近は文字盤の製造過程について書かれたものがないなあ……じゃあまとめておこう……」と思った。なんせ20年近く前のことであり、同じ部とはいえ、他の課は秘密のベールに覆われているので、間違えていることがあるかもしれない。写研の製造工程であって、モリサワやリョービとは違うということも書き添えておきたい。
 写真植字機の文字盤には、大きく分けてメイン・プレートとサブ・プレートがあり、製造工程がまったく異なっている。メイン・プレートの製造工程はオートメーション化されているので、ここではサブ・プレートの製造工程の場合を記すことにする。なお、私が入社した当時の状況、組織について記している。

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●写真植字機用文字盤(サブ・プレート)

[原字課]
 原字課は、第2工場の5階フロアの東側にあった。私が入社したときには30人ほどだったが、もっとも多かったときには40人を超えていたように思う。
 原字課では、書体見本に合わせて、原字を制作する。私が入社した当時は、ほぼフィルム原字だったが、以前は原字用紙に書かれていた。また社外のデザイナーの方には原字用紙で依頼し、社内でフィルムにしていた。原字サイズは、だいたいが48mmであるが、筆書系は34mm、ディスプレイ書体や欧字書体は80mmサイズで制作されることもあった。社外のデザイナーの方では、それぞれ書きやすいサイズで制作される場合もあった。
 石井茂吉初代社長が制作された「石井ファンテール」の原字を見たことがある。サイズは後述する原版サイズの17.55mmであった。まさに職人芸であった。「石井ファンテール」は石井ゴシック体の青焼きをベースにして、その上に墨入れしたものだったと記憶している。

[写真課]
 ここから第2工場4階フロアのクリーン・ルームでの作業になる。専用の無塵衣に着替え、手をしっかり洗浄して、エア・シャワーを浴びた上で、やっと入室できる。
 写真課では、原字を製版カメラで正確に1字17.55mmサイズに縮小する。

[原版課]
 原版課では、1字17.55mmサイズに縮小されたフィルムを、ガラス製の原版に貼りつけていく。サブ・プレートの場合には、両面テープで一枚(一字)ずつ手で貼るのである。文字の位置は、原字に引かれた上下左右のセンター・ラインを、ガラス製の原版に焼き込まれているセンター・ラインに正確に合わせる。このとき、文字盤コード、区切り線や枠、操作に関わる情報もフィルムにして貼り込まれる。
 製品となるものはガラス製の原版だが、テスト用の原版ではフィルム製が用いられていた。以前は、アルミ製の原版に印画紙を貼り込んでいたものもあったそうだ。

[写真課]
 原版は再び写真課にまわされる。こんどは17.55mmサイズの原版を、文字盤用ガラス(ガラスに感光材を塗布したもの)に焼き付ける。このガラスは屈折の少ない良質のものだそうだ。文字盤上の文字サイズは17Qである。手動写真植字機には17Qのレンズはなく、17Qでの印字はできなかった。

[整品課]
 整品課では、まず区切り線や枠などの色入れをおこなう。特殊な赤インクをシルク・スクリーンで印刷するのであるが、少数の場合には、烏口と定規を使って手作業で引かれる。この赤インクは光で感光せず、鮮やかなので採字するときにわかりやすくなる。
 つぎに拡大鏡にかけて、ネガ・ガラスにできたピンホールを埋めていく。地道な作業である。さらに投影機で拡大して一字一字検査する。ネガ・ガラスの傷や欠けをチェックして、不良品をふるい落とすのである。

[仕上課]
 いよいよ最終工程である。合格したネガ・ガラスには、カバーのガラスが貼り合わされる。2枚のガラスの間には充填剤が流し込まれるのだが、気泡が入らないようにするのがポイントだそうだ。貼り合わされたガラスは、四方を規格サイズに切り落とされ、枠付けされる。

[検査課]
 検査課では、完成した文字盤について、正しい位置に枠付けされているか、ピンホールや気泡が入ってないかなどの厳重なチェックが行われる。

 第2工場5階の西側のフロアには、全体的な工程管理や、在庫管理などをおこなう[管理課]や、技術面でさまざまな支援をおこなう[技術課]というセクションがあった。文字制作部、文字盤部をあわせて120人ぐらいの社員が従事していた。
 のちにデジタル・タイプの製作がはじまったので、統合して文字部となった。さらに書体設計と制作管理が分離されて文字開発部になるなど、組織変更が頻繁におこなわれた。文字盤製作のセクションはしだいに縮小され、デジタル・タイプ製作のセクションが拡大されていった。第2工場3階フロアの大半がデジタル・タイプ部門となり、関係者以外の立ち入りが禁止されていた。

現在どうなっているかについてはまったく知らないが、写真植字機用文字盤を製造していないことは確かである。

追記:写研埼玉工場
posted by 今田欣一 at 08:39| 書体設計の現場から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする