2015年07月22日

もういちど吉備書体(二)

ここに3冊の書物がある。学生時代に買い求めたものだ。それぞれが、文字に関するデザインの3カテゴリーを扱っている。

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『書のデザイン』(榊莫山著、創元社、1967年)は、第1のカテゴリー「ハンドライティング(書字)」を扱っている。『レタリングデザイン』(桑山弥三郎著、グラフィック社、1969年)は第2のカテゴリー「レタリング(刻字)」を扱っている(レタリングはよく図案文字と訳されるが、碑刻や木版印刷の文字も含まれるので「刻字」としたい)と思いたい。そして、第3のカテゴリー「タイプ(活字)」を取り上げているのが『書体デザイン』(桑山弥三郎著、グラフィック社、1974年)である。タイポグラフィ、フォントという用語は、この第3のカテゴリーでのみ使われる用語である。また「メタルタイプ」だけが活字ということではない。「フォトタイプ(写真植字)」や「デジタルタイプ」も「タイプ(活字)」の種類である。

 しかしながら、「ハンドライティング(書字)」や「レタリング(刻字)」が「タイプフェイス・デザイン」とまったく関係ないということではない。だからこそ、『書のデザイン』も『レタリングデザイン』も愛蔵しているのである。
●「貘1973」は、レタリングからタイプフェイス・デザインへ発展させた書体である。(参考[福岡の夢]1973年:貘の原点)
もともとはメタルタイプを想定していたので、メタルタイプの原字にあわせて、トレシングペーパーに2inchサイズで制作した。

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●「白澤細明朝」「白澤太ゴシック」「白澤太アンチック」は、メタルタイプとフォトタイプとの関連を追体験するために試作した。(参考:[偉人伝]石井明朝体・石井ゴシック体・アンチック体)
この書体見本字種は、写真植字の原字にあわせて、フィルムに48mmサイズで制作した。

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●「いぬまる吉備楷書」「きじまる吉備行書」「さるまる吉備隷書」はハンドライティング(書字)からタイプフェイス・デザインへ発展させた書体である。(参考[東池袋KIDS]インテルメッツォ:さらば東池袋)
 当初は、フェルトペンで書いたものをAdobe Streamline でアウトライン化して、Fontographer で修整、「漢字エディットキット」で日本語のデジタルタイプを作成した。
 再チャレンジにあたっては、GLYPHS を使ってみている。1年前に カスタムメイドの和字書体で使ったことはあるが、漢字書体では初めて。まだまだ使い慣れていない、というか、わかっていないことは多いが、使い勝手はかなりよさそうだ。

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「いぬまる吉備楷書」

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「きじまる吉備行書」

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「さるまる吉備隷書」


2020年10月14日

「いぬまる吉備楷書W3」

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第14回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募書体は2位に入った。応募のときの条件でやむを得ないことだが、この書体の商品化の権利は主催者に帰属することになっていた。そこで、自分の筆跡ではあるが異なる書風で書き直してみた。とりあえず漢字1,000字余だけの試用版を制作し、これを「欣喜楷書・試用版」と呼んだ。これが完成したのは2001年のことである。

「漢字エディットキット」というアプリケーション・ソフトウェアが1997年秋に発売された。フォントグラファー(Fontographer)の正規ユーザーを対象にした優待価格ですぐに購入した。これにより、特別なツールを使わなくても日本語のデジタル・タイプを作成でき、日本語の文章でテストができるようになった。さらには、商品化でき、販売できる道が開けたことも大きかった。
ちょうど日本語フォントが作成できるツールが市販され、有限会社タイプラボなどがメーカーを介さないで自社で商品化までおこない、さらにインターネットを通じて直接販売することを始めていた。そこで弊社でもということになった。のちに「ほしくずや」として他のダウンロード・サイトへ展開していくことになる。現在の「ほしくずやコレクション」である。

「欣喜楷書・試用版」は紆余曲折の道をたどる。『近代孔版技術講座基礎科第1部テキスト』(実務教育研究所孔版指導部編集、財団法人実務教育研究所、1971年)に掲載されていた楷書体を参考にした。漢字書体は『書道教範』(井上千圃書、1933年、文洋社)のペン字手本を参考にして、「欣喜楷書・試用版」を全面的に見直し、「欣喜真」に変更した。さらに『中国硬筆書法字典』(司恵国・王玉孝主編、2003年、世界図書出版公司北京公司)も参考にして改作した。
その後、原点に立ち返って「欣喜楷書・試用版」から見直し、「いぬまる吉備楷書W3」として継続している。

2020年10月15日

「さるまる吉備隷書W3」

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楷書体、行書体の硬筆書体はよくあるが、隷書の硬筆書体はそれまで見たことがなかった。学校教育では学習することはない。楷書体、行書体とともに隷書体の硬筆書体にも市民権をあたえたいとの思いが強かった。隷書体の硬筆書体はそれまで見たことがなかったので、自分の筆跡を基にしてフェルトペンで書いた。
佐藤豊氏の連載エッセイ「書体ウォッチャー」では、つぎのように紹介されている。
欣喜隷書・試用版の頒布開始! 2001/09/11
書体デザイナー今田欣一さんのサイト「欣喜堂」で、2つめの総合書体・試用版の頒布が始まっている。今度の書体は「欣喜隷書」。本文が組める隷書体だ。彼の総合書体3部作は、伝統書体の古典イメージを損なわずに、現代人にも読みやすく使いやすいように新しくデザインする、という方向性の書体シリーズだと思う。
このような地に足をつけた地味な書体デザインこそ、活字や写植文字を専門に開発してきた古参フォントメーカーが本来やるべきことなのだと思うが、いまのフォントメーカーにそんな期待をしても…無理…のようだ。

「欣喜隷書・試用版」は、硬筆書体として試作したものであった。とりあえず漢字1,000字余だけの試用版を制作し、「欣喜楷書・試用版」と同じように無料頒布しようという企画であった。2001年のことである。
さらに謄写版印刷などで書かれていた手書きのゴシック体を参考にして見直し、「欣喜平」とした。
謄写版は孔版の一種で、俗にガリ版ともいう。ヤスリの上に原紙をおいて、鉄筆で文字を書くことからはじまる。鉄筆は謄写版印刷機用の文字を製版するための道具である。謄写版が主流だった時代、学校や役所の文章は、これで印刷されていた。その記憶が四半世紀を経てよみがえったのだった。
孔版の基本書体は楷書体とゴシック体である。楷書体は斜目ヤスリ、ゴシック体は方眼ヤスリを使用する。私の購入したヤスリは、斜目ヤスリと方眼ヤスリとが、裏表になっているものであった。私はもっぱら方眼ヤスリを用いたゴシック体で書いたものだった。
ゴシック体といっても手書きなので、波磔のない隷書体のようでもあった。少し隷書体であることを加味しながら制作していった。お手本としたのが『書道教範』(井上千圃著、文洋社、1934年)などの毛筆による隷書体だった。
試用版の無料頒布期間が終了したのち、あらたに制作したのが「ラズベリー」である。『中国硬筆書法字典』(司惠国・王玉孝主編、世界図書出版公司、2003年)には硬筆の隷書がみられた。これを参考にして全面的に修整した。
そして今、原点に立ち返って「欣喜隷書・試用版」から見直し、「さるまる吉備隷書W3」として継続している。

2020年10月16日

「きじまる吉備行書W3」

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佐藤豊氏の連載エッセイ「書体ウォッチャー」(2001/09/11)では、つぎのように続けている。
三部作の最後は「欣喜行書」らしい。私と同じように、彼もひとりで書体デザインをしているので、制作はそう簡単には進まないと思うが、三つの書体が完成したときには、何十年ものあいだ馬鹿のひとつ憶えのように明朝体に固執してきた書籍本文業界に、なんらかの刺激を与えるはず……と期待している。

行書もまたフェルトペンで書いたものから、漢字1,000字余だけの「欣喜行書・試用版」を制作し、無料頒布した。2001年のことである。
孔版の書体には行書体は存在しなかった。ヤスリの溝による制約があり、運筆に抑揚がつけられない孔版では、行書体を書くことはむずかしいのだろう。ただし欧字書体のスクリプトの見本が載っていたので、行書体もできないことはないと思った。もっぱら『書道教範』のペン字による行書体をお手本にして、「欣喜歩」に変更している。
さらに『中国硬筆書法字典』(司惠国・王玉孝主編、世界図書出版公司、2003年)には硬筆の隷書がみられたので、これを参考にして全面的に修整した。
行書体もまた原点に立ち返って「欣喜行書・試用版」から見直し、「きじまる吉備行書W3」として継続している。

2020年10月17日

「イマリス」

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会社設立の少し前のことである。デジタルパブリッシング・ジャーナリストの柴田忠男さんから取材の申し込みがあった。
そのときの記事が『日経デザイン』(1997年1月号)の「デジタルフォント開発の現場から」である。株式会社タイプバンク(現在は株式会社モリサワに吸収合併)、有限会社字游工房などとならんで、私(会社設立準備中だったので個人名になっている)も取り上げていただいたのだ。
ここに提案しているオリジナルタイプフェースは、人間味を大切にしているという。デジタルの時代でも、文字は人間の手が生み出すものだと考えているそうだ。フォントベンダーに気に入ってもらえれば、独占的使用許諾の契約を結び、開発費用を出してもらうわけである。幸い一部の書体のフォント化が実現しそうである。

ここに書かれている「一部の書体のフォント化」とあるのは、カジュアルなイメージの「イマリス」という書体のことだ。制作中の段階であったが、『日本タイポグラフィ年鑑1997』(日本タイポグラフィ協会編、グラフィック社、1997年)にも掲載された。
「イマリス」は、1997年から1998年にかけて株式会社ニィス(現在はエヌアイシィ株式会社=長竹産業グループ)の依頼で制作した書体である。もう20年前のことになる。
当時、株式会社ニィスでは「ニィス・カラーフォント『彩色主義』」という企画をすすめていた。カラーフォントの具体的な仕様については承知していないが、「イマリス」はその企画による依頼だった。
古い写真や資料を整理していたところ、その時にいただいたサンプルCDと、「イマリス」のプレゼン用の見本が出てきた。そのころはカラープリンターを所有していなかったので、Tooに持ち込んで出力してもらった。
株式会社ニィスの指定で、EPSデータに書き出したものを納品し、月ごとに制作した字数に応じて制作費が支払われた。1998年11月の制作終了時になって、やっと制作契約書を取り交わした。しかしながら、20年が経過した今もリリースされたという話はないので、幻の書体となったようである。そして20年の販売契約期間も終わっている。