2013年04月23日

[航海誌]第8回 紅蘭細楷書(簡体字・繁体字)

 鳥海修氏は、かつて紅蘭楷書を「好んで愛でるように見ていた」そうだ。「良いとされる書体を深く見ることで、自分のなかに基準のようなものが生まれた」という。同感である。それほど私たちの心をとらえた書体である。

 紅蘭細楷書の開発は、上海の代表的な印刷会社が写研製の写植機を導入することにともない、今まで使っていた書体を使えるように、写研の写植機に搭載する文字盤を作ってほしいということからはじまったと聞いている。
 当初中国楷体と呼んでいたのが、のちに「紅蘭細楷書」と名付けられている。中国楷体(楷書体)の原字はその印刷会社から提供を受けた。ほかに倣宋体(宋朝体)、宋体(明朝体)、黒体(ゴシック体)があった。これらが、どのような経緯で、どのような契約で、写研の中国語文字盤として市販されるようになったのかは知らない。
 写研の中国語文字盤には、簡体字(文字盤コード:PRC)と繁体字(文字盤コード:CHA)があった。石井細明朝や石井太ゴシック体などがすでに制作されていた。中国では楷体、倣宋体が使用されることが多く、写研の中国語文字盤としても必要だと考えたのだろう。同時に日本語書体としても販売することも検討されたのだと思う。
 本蘭明朝ファミリーのように「蘭」という字がはいった書体がある。この「蘭」は、石井裕子社長時代に写研の社内で制作された書体に付けられた。紅蘭細楷書は、中国の印刷会社から提供されたので、実作業としてはヘルベチカなどの欧字書体と同じことなのだが、契約の条件が違っていたのかもしれない。おそらく、のちに制作された日本語書体において、写研で漢字書体の監修と和字書体の制作をしたということなのだろう。
 原字がどのようなかたちで提供されたのかも知らない。私が目にしたのはすでに48mmボディ・サイズに拡大されたものだった。この書体には少ししか関わっていないので、記憶も曖昧である。どの程度手を入れたのか覚えていない。
 従来、中国語書体の制作にあたっては、日本語書体を作ってから、中国語書体での足りない字種や字体の異なる字種を補充するという方法であった。社内では中国語書体を最初から作るということはなかった。もともとの原字の配列と、写研の原字制作の手順と、文字盤の配列との違いで、後工程が混乱していたのは覚えている。

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●簡体字紅蘭中楷書文字盤
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●中文(繁体字)紅蘭中楷書文字盤

※紅蘭中楷書は、紅蘭細楷書をベースにして写研であらたに制作した。私はまったく関わっていないので、制作方法などの詳細は知らない。

 写研では日本語書体の「紅蘭細楷書」としても販売されている。日本語書体の紅蘭細楷書は橋本和夫氏を中心に制作された。和字書体も橋本和夫氏が設計した。橋本和夫氏といえば本蘭明朝が代表作としてあげられるが、この紅蘭楷書もそれに匹敵するものだと思う。

2013年04月28日

[航海誌]第9回 紅蘭細宋朝(簡体字・繁体字)

 私が今までに携わった書体の中でもっとも魅せられた書体は、「紅蘭細宋朝」である。当初中国倣宋と呼んでいたのが、のちに「紅蘭細宋朝」と名付けられた。現在では見本帳などに掲載されていないので、「まぼろし」になっている。私の記憶のなかだけに存在している書体になってしまった。

 上海の代表的な印刷会社の所有する楷体(楷書体)、倣宋体(宋朝体)、宋体(明朝体)、黒体(ゴシック体)などの簡体字・繁体字文字盤を制作することになった。このうち宋体(明朝体)、黒体(ゴシック体)などは制作2課(旧原字課)ですすめられたが、楷体(楷書体)と倣宋体(宋朝体)は橋本和夫氏を中心としたプロジェクト・チームが結成された。制作1課(旧開発デザイン係)の私も、急きょ倣宋体の制作に加わることになった。制作したのは確かなのである。
 倣宋体(宋朝体)の制作には数名のスタッフがあたることになった。橋本氏の指導のもと、練習をしてから本作業に入ることになった。漢字書体の制作は、数名のスタッフのよってチームが組まれるため、担当者の誰がやっても同じ設計にならなければならない。
 筆法の解釈に個人差が生じやすい書体だった。たしかに同じ文字を修整したものを並べてみると、スタッフそれぞれが違う解釈をしていたので、このままでは同じ書体として統一できないというありさまであった。ここにいたって、はじめて書体に対して純粋に向き合うことができる。ほんのささいな筆法の解釈の差によって、そのイメージが大きく変わってしまうことを思い知った。
 書体見本に合わせればいいだけのことだが、これがいちばん難しい。筆法・結法・章法を理解したうえで実践できなければならない。形状だけをいくら合わせようとしてもうまくいかないのである。問題は書風をたたき込むことが重要なのである。
 活字書体は、見るだけよりは実際に手を入れてみるとなお理解できる。それを言葉で説明するのは難しい。「紅蘭細宋朝」は私の心の中に存在するのではなく、私の手が覚えているとしたら喜ばしいことだ。経験が何よりの財産としたいものだ。

 中国倣宋体は中文書体(簡体字、繁体字)にとどまった。「紅蘭細宋朝体」という名称で、現場では商品化の準備がなされていた。和字書体も試作されていたと記憶している。しかし発売には至らなかった。これは写研トップの営業的な判断によるものである。企業としては「文化的事業ということだけで開発をすすめることはできない」ということだろうが、私としてはがっかりである。
 写研には石井宋朝体という書体があった。この宋朝体は名古屋・津田三省堂からの依頼によって同社の長宋活字を復刻したものであるが、石井宋朝体は長宋活字のシャープをふまえながらも石井茂吉氏の思想が加味された品位の高い書体になっていた。もともとは金属活字の版下として設計されたようで、写真植字では細身すぎてあまり使用されなかった。そのためか、写研トップの判断で、文字盤用の原字からデジタル・タイプ(C-フォント)化されなかった。『タショニム・フォント見本帳No.5A』にも掲載されていない。
 活字書体が目的に応じて使い分けをされることを希望する。本文用書体としての漢字書体としても「紅蘭細楷書」は魅力的であると思う。それ以上に「紅蘭細宋朝」も本文用書体として新しい可能性を広げられたのではないかと、今でも思っている。

2013年05月05日

[コンペは踊ろう]第2章 横組み、縦組み(1)

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●第10回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1988年

 1982年ころから、私は欧字と和字とに造形的な共通性を見いだそうとしていた。第8回、第9回石井賞創作タイプフェイス・コンテストでは、欧字を和字に近づけてデザインした作品を欧文部門に応募し、それぞれ佳作に入っている。また、1986年に開催した「三人展」でも、英訳俳句を縦組みの連綿で和字のように表現した作品を出品した。

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●「三人展」銀座・ゑり円画廊にて 1986年

 今度はその逆をやればいいことに気が付いた。和字書体において、もっと欧字に近づけようと思ったのである。それは、欧字の「構造」と和字の「形象」を組み合わせることによって成り立つことなのである。
 和字にはひらがなとカタカナとがあるが、どちらも筆勢が縦の方向に走っている。われわれは画線を縦に走る流れとして受けとめて、文字をとおして内容の意味するところを吸収していく。
 縦組の場合は、一文字一文字が許容できる範囲内にあれば、その大きさが少しぐらい揃っていなくても、文字の重心が縦に通っていれば視線がまっすぐ縦に流れていくので、見た目にはそれほど気になるものではない。書写の場合には文字の大小に変化をつけるぐらいであるから、本来は不ぞろいなのである。文字の大小の不ぞろいが文字の機械的な単調さを救ってくれる効果があるのだろう。
 横組の場合は、文字個々の並び線に対して見かたがきびしくなる。最近は和文の横組が多くなったので慣れてきたかもしれないが、日本語の文章では横に向かう筆勢が少ないために視線の流れを円滑にすることが困難だということにかわりない。横組の並び線と、それにともなって必然的に生じてくる漢字対和字の大きさの問題を再検討する必要があった。
 縦に流れていく性質の和字を含んでいる日本語は、本来なら縦書きにされるべきものなのである。この基本的な考えを忘れてはならない。それをあえて横組みに挑戦しようというのである。(つづく)

2013年05月06日

[コンペは踊ろう]第2章 横組み、縦組み(2)

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● 第10回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1988年

 第10回(1988年)石井賞創作タイプフェイス・コンテストには、井筒屋本『おくのほそ道』をベースに「文章を縦に書く」という和文の伝統を踏まえながらも、蟹行の和様体として試作したこの活字書体を応募した。これはコンテストが実験の場であるということを意識してのことであった。

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●『おくのほそ道』(松尾芭蕉、井筒屋、江戸中期刊)

 その応募にさいして添付した「制作意図」を井筒屋本『おくのほそ道』との関係という視点で再考してみよう。

◆並び線と斜体の実験
 構造のヒントになったのは欧字のイタリック体である。ローマ教皇庁に勤める書記官が様式化したルネサンス期の書法をもとにしたのがチャンセリー・バスタルダ活字で、それがフランスにつたわり、フランスにおいて「イタリアの」つまり「イタリック」と呼ばれるようになった。

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●『Il modo di temperare le penne』(アリッギ書、1523年)


 ライン・システムは、かな本来の伸びやかさと字並びの美しさを同時に表現することを可能にしてくれた。ユニット・システムは、字間のスペースを均等に揃えることを可能にしてくれた。また、イタリックにすることにより、一字一字が孤立することのないスムーズな視線の流れを作り出してくれた。これらの設定は、欧文をモデルにして成り立っているが、文字固有の形を生かすことが目的だった。


 ひらがなには「つ」のように平たい文字や「し」のような長い文字がある。まず、漢字を欧文の大文字に見立て、欧字のようにベース・ラインを設定し、和字の高さを三つのグループに分類した。「あ」など漢字と同じ高さのアセンダー・レターのグループ、「の」など漢字より低めのミーン・ラインを感じさせるショート・レターのグループ、「く」や「て」などベース・ラインを超えて伸びているディセンダー・レターのグループである。今までグループ分けをした例は、故ミキイサム氏制作の「アラタ」など幾つか存在する。このようなライン・システムは、和字本来の伸びやかさと字並びの美しさを同時に表現することを可能にした。
 和字では、例えば「い」と「り」では字幅が異なるので、欧文と同じように1文字ずつの字幅を規定して字間のアキを均一にしようというやり方がある。この書体では、最初からプロポーショナル・セットを前提にして設計した。当時は16ユニット・システムであったが、プロポーショナル・セットは文字固有の字幅を守りつつ字間のスペースを均等に揃えることを可能にした。
 欧字書体においても筆記体のイタリック体は傾斜しているが、和字書体の筆記体にも傾斜しているものがあり、縦組みで視線がスムーズに流れている。これを横組みにするとベース・ラインのようなものがかすかに感じられるのだ。


◆蟹行和様体の実験
 基本的には和様体をそのまま横組にすればいいのだが、和様体のままの省略形だと今は読めないものになってしまう。
 横組用としてラインを揃えることを考えると、楷書のように起筆・送筆・終筆をはっきりさせた方が落ち着くし読みやすくなる。そこで、和様体をベースにした行書と楷書の中間の書風になった。

 この上に行書のイメージを叩きこみたかった。ただし、それはコンテンポラリーでなければ意味がないのだ。どこまでも明るくおおらかなフォルム。何よりもさらに軽くて伸び伸びしたエレメント。筆勢を程良く感じさせてくれるウエイト。あくまで、新しい時代の感覚で押し切ろうとした。


 書体設計における最も重要なポイントは書風にある。結法だとか筆法だとか太さ調節だとかは、書風を形作るものなのである。タイプフェイスは空気のような方がいいという人もいるが、無性格ではない。書風でいえば、この書体は力強さがあまりなく、よりしなやかであっさりとした軽やかな書風だろう。

◆技術への挑戦の実験
 この書体では、新しい提案を数多くしている。特に漢字のボディが全角ではなく特定のセットを持つという発想は今までの常識ではなかったことなのである。つまり従来の組版ソフトでは対応できないということなのだ。結果的には漢字のセットが設定できるという機能がある、新しい機種のみで使用できるという制約のある書体になった。

 この書体は、文字列にこだわった書体である。一文字だけでは何もわからない。組むことによってのみ特徴の出る書体なのだ。タイプフェイスとしての新たな広がりが、感じられたらと思う。


 活字書体は、それだけでは成立しない。フォントとなり、データを作成する組版ソフトと出力するハードが必要となる。過去、活字書体はハード、ソフトの制約の中で制作されてきた。ハード、ソフトでできないことを補ってきたこともある。新しいハードができるたびに、線の太さなどを微妙に変えなくてはならなかった。逆にこの書体ではソフトのほうに対応をもとめた、めずらしいケースだろうと思う。

 この書体は、1988年、第10回石井賞創作タイプフェイス・コンテストで、第1位になった。

※「いまりゅう」制作については、「文字の厨房」にて。

2013年05月08日

[コンペは踊ろう]第2章 横組み、縦組み(3)

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●第11回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体 1990年

 日本語の表記上の特色は縦組みでも横組でもできるということである。汎用性からみれば縦横兼用が望ましいのだが、縦組み、横組みそれぞれのよさを追及していくと、縦組み専用、横組み専用という書体があっていいと思っていた。
 第10回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体(以下、第10回書体と略す)は、欧字のようにラインを持たせた横組専用の書体である。第11回石井賞創作タイプフェイス・コンテスト応募書体(以下、第11回書体と略す)では逆に、漢字の左右方向にラインのようなものを設定し磔法の伸びやかさを強調した、縦組みでしか得られない特徴がでる書体はどうだろうかと考えた。
 いままでにないイメージの縦組み専用が考えられてもいいのではないかと思った。たとえば蒙古文字や満州文字は日本語とはことなるリズム感がある。日本語でも従来の縦組みにはない新しいリズム感を出したかった。そのために、逆三角形をベースに、左払いの先端ができるだけ下方を指すように設計しようとした。

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●蒙古文字と満州文字
 『世界の文字』5版(西田龍雄編、大修館書店、1989年)より

日本語は複数の文字体系で構成されている。だから日本語の活字書体は、漢字と和字をよく調和させなければならない。設計に際して漢字の性格を決めてから和字を合わせていく「漢字主導型」の場合と、和字に合わせて漢字を作っていく「和字主導型」の場合があると考えていた。
 第10回書体は和字を欧文のシステムに倣って設計しそれに漢字をすりよせたので、「和字主導型」だといえる。第11回書体は漢字を設計してから和字を調和させてゆく「漢字主導型」の方法で考えようとしていた。
 漢字のみの文字列を見ていると、ぐっと伸びた横画や磔法に独特のリズムが感じられる。私は漢字の左右方向に変化をつけたら面白いのではないかと思い始めた。活字書体にはボディという制約があるので磔法を強調できないのであるが長体ならば可能だ。こうして磔法を強調した、新しい感覚の書体を設計することにした。
 文字列のイメージは、一字一字の結構によって決定づけられる。さらに一字一字は個々の点画から構成される。第10回書体は和字に合わせて漢字も曲線的なストロークで作ったが、第11回書体では逆に漢字に合わせて和字をかなり極端に直線的にした。これがさらに鋭角的なものにしてくれたようだ。
 第11回書体は、第10回書体の逆をいくことによって成り立っている。漢字主導と和字主導。横組専用と縦組専用。曲線的と直線的。裏返しにすることによって、第10回書体に対抗した活字書体の開発に挑戦していったのである。(つづく)