2013年04月19日

[航海誌] 第7回 ユニバース(写研バージョン)

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●ユニバース 写真植字機用文字盤

 写研のユニバースについて、『文字百景023 新ユニバースのテンヤワンヤ』(飯山元二著、朗文堂、1996年)で触れられている。かなり前に書かれたものだが、外部から見た写研に対する印象の一例であろう。制作の実態をあきらかにするためにも、引用したうえで補足しておきたい。

写研の改刻は、ライセンスはたぶんに名目上のものにとどまったようです。A-Zレングスにはほとんど異同は認められません。むしろ字形のカーブ、隙とりなどに微細な手がはいっています。すべての起筆・終筆に「盆のくぼ」がほどこされています。このようなE19番台からE102番台への改刻が、だれの手になるものかは公表されていません。とても誠実で、手なれたひとの技と思いますが、わたしはいささか過剰な解釈だったと思います。


 写研にはもともとユニバース(文字盤コード:E19)という書体があった。この書体がどのようにして制作されたかは知らない。ヘルベチカ(文字盤コード:E100)からは欧米のメーカーとの正式なライセンスに基づいた欧字書体を制作しようということになっていた。その第3弾がユニバース(文字盤コード:E102)だったのである。これにともない、旧ユニバースは販売を中止している。このことから、「E19番台からE102番台への改刻」との誤解が生じていたのかもしれない。
 もちろんヘルベチカと同様に、ユニバースもハース社とのライセンス契約に基づくものであることは確かである。ハース社から原図を送ってもらっている。送られてきたのは写植用のフィルム・シートだった。われわれは制作時に旧ユニバースをまったく見ていない。オプチマと同じような方法で制作していったので、「A-Zレングスに異同は認められない」とすれば偶然一致しただけだろう。
「過剰な解釈」と指摘されたエレメントのエッジの「角出し」や交差点の大きな「隅取り」については、写植用のフィルム・シートということで、ユニバースのオリジナル原図に付けられていたものである。「とても誠実で、手なれたひとの技」というのは、むしろハース社のタイプ・デザイナーに向けられるべきものだと思う。
 とくに「角出し」については、今までに写研で制作した書体では例がないことであり、これを尊重するかどうかを慎重に検討した。通常は印画紙に印字して検討するのであるが、この書体では印刷のテストまでおこなった。書体制作で印刷のテストをするのはまれである。その結果、基準とするQ数においては当時の手動写植機では有効であろうということになった。ただ、オリジナルのままでは目立ちすぎるので、やや控えめに変更した。

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●「角出し」と「隅取り」

 当時の手動写植機やアナログ式の自動写植機ではどうしてもエッジが甘くなるので、日本語書体でも本文用では隅取りをすることが行われていた。そのことがユニバースの角出しや隅取りを残す判断になったと思う。本文用ということで制作した書体でも見出しに使われることもあって、写研のデジタル・フォントでは全ての書体で隅取り処理はなくなっている。

※2013年5月10日 修正
posted by 今田欣一 at 19:33| 航海誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月18日

[航海誌] 第6回 オプチマ(写研バージョン)

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●オプチマ 写真植字機用文字盤

 ヘルベチカのファミリーを制作し終えて、引き続きオプチマのファミリーを制作することになった。オプチマはステンペル社とのライセンス契約に基づくものである。
 オプチマは、ステンペル社から原図を送ってもらっている。送られてきたのは、ヘルベチカとは異なり写植用のフィルム・シートだった。比較的大きなサイズだったと記憶している。少なくとも、ヘルベチカのような復刻というべき作業はなかったわけである。さしずめ移植である。
 過去の優れた書体を次の世代へ繋ぐという仕事は、文化的にも意義深いことである。私がこのような先達の業績を実体験できたことは、まことに幸運だったと思われる。この時の経験が、今の私のベースにあるといっても過言ではないと思う。
 欧字は、漢字よりさらに数値で管理されていた。まずライン、サイド・ベアリングなどの基準が設定されるが、とくにスペーシングの基本となるサイド・ベアリングは「データ・シート」を作成していた。ボディ・サイズは、80mmサイズで設計された。

 本文用に使われる場合には10Qとか12Q、見出し用でも100Q以下だから、制作時の80mmサイズとは、見え方にかなりのギャップがある。そのギャップを埋めるために、廃棄された写真植字機から拾ってきた凹レンズで見ながら制作したものである。
 日本の写真植字機の場合、日本語書体の印字に適するように設計されているので、ヨーロッパのメーカーとのライセンス契約によって発売する書体をそのまま使うことはできなかった。オプチマの原字が写植用ということであっても、16ユニット・システムに変換しなければならないということに変わりはない。オリジナルは18ユニット・システムで作られていたので、大きな変更はなかったものの、それでも組み見本などでのサイド・ベアリングの測定という作業は相変わらず残った。

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●18ユニット・システムの説明図
『欧文組版入門』(ジェイムズ・クレイグ著、組版工学研究会監訳、朗文堂、1989年)より

 デジタル・タイプのプロポーショナルの欧字書体では、これらの条件が解消され、ヨーロッパのメーカーによる欧字書体とほとんど変わりなく制作できるようになった。漢字・和字とマッチさえすれば、ヨーロッパのメーカーの欧字書体との組み合わせも容易になったということでもある。写研の欧字書体は、日本語書体がたとえオープンタイプになったとしても、しずかにその役割を終えるべきものであろう。
posted by 今田欣一 at 19:08| 航海誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月14日

[航海誌] 第5回 ヘルベチカ(写研バージョン)

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●ヘルベチカ・レギュラー 写真植字機用文字盤

 写真植字機用文字盤での欧字書体は、いまとなっては技術的な制約の多かった時代のものである。こういう苦労もあったという思い出話として記しておきたい。それにしても、文字盤上に記されている「Hight」ってなんだろう(笑)。

ヘルベチカを、写研の写植用文字盤として発売することになったのは、ユーザーからの要望が強かったからだったと思う。欧文書体として初めてのライセンス契約に基づくものであった。制作を担当したのは、半田哲也氏(現在字游工房)、岡田安広氏と私。みんな24、5歳のときであった。
 ハース社から送られてきたのは、活字の清刷であった。我々はここから原字として再現しなければならなかった。当然のことながら、同一書体でもポイント・サイズごとに清刷がある。どのように違うのか、そのあたりから手を付けたのだった。
 ポイント・サイズによっても、レターフォームに大きな差はなかった。決定的に違ったのは、サイド・ベアリングである。大ポイントではサイド・ベアリングは小さく、小ポイントではサイド・ベアリングは大きくなっていた。チーム内でいろいろ検討した結果、最大ポイントのものを拡大して使用することにし、その書体の基準となるポイント数におけるサイド・ベアリングの数値に合わせていこうということになった。
 さらに重要な問題としてユニット・システムがあった。当時の手動写植機は16ユニット・システムだった。つまり、全角の16等分を1ユニットとして、その倍数でボディ・サイズを設定しなければならなかった。清刷の字面のままユニットを設定すればいいというものではない。サイド・ベアリングとの微妙なバランスによって、字面を調整しなければならなかったのである。

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● 16ユニット・システムの説明図
『写植NOW[1]』(株式会社写研、1977年)より

 下っ端だった私の実際の作業は、レターフォームとサイド・ベアリングの計測から始まった。厳しい条件の中、オリジナルに視覚的に合わせるためにはどうしても必要な作業である。こうしてサイド・ベアリングの基準値を決定したのである。活字書体設計というと、実際に「描く」ということだけを考えがちであるが、このような調査の時間も必要なのである。そのような調査に、何日を要したことだろうか。
 デザイン自体も慎重に行われた。オリジナルの線を大切にするということから、清刷を拡大して切り貼りによって、ユニット・システムに合うようにレターフォームとサイド・ベアリングを調整していくのである。そのためには大幅な変更を余儀なくされることもある。ちょうど中間に来るようなキャラクターには頭を悩ませたのである。   
 オリジナルのイメージを損なわないように、オリジナルを拡大したものと比較しながら、カーブやウエイトの調整をしていったのだ。重ねてみれば全く異なるものを同じように見せようというのであるから難しい作業だ。レターフォームを少し詰めるというようなことは現在では簡単に出来るようになったが、当時の手作業ではかなり大変なことだったのである。
 こうしてテスト文字盤を作成し、ハース社の活字見本帳と同じ体裁で印字してみる。その上で、さらに修整を施す。最終的にはハース社に確認しOKが出るまで、修整をくりかえすのである。OKが出て、やっと完成となった。同様の方法により、我々のチームは、ヘルベチカのファミリー17書体を制作したのである。
posted by 今田欣一 at 12:51| 航海誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする