2013年06月14日

[航海誌] 第15回 いまりゅう

 私が個人として第10回石井賞創作タイプフェイスコンテストに出品した書体を「第10回石井賞1位書体」、それをもとに写研で制作した書体を「いまりゅうD」ということにする。「いまりゅう」は「今流」だそうだ(今龍ではなく)。命名者の真意はわからないが、世尊寺流とか青蓮院流とかの「流」だと解釈している。

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●「いまりゅうD」のライン・システム

 「いまりゅうD」は横組み専用である。縦組み用の約物などは制作していない。横組み専用書体としてはすでにスーシャが発売されていたので、文字盤の配列はスーシャに倣った。スーシャは、鈴木勉氏が第三回石井賞創作タイプフェイスコンテスト(1974年)で第1位を獲得した書体をベースに、スーシャL、スーシャBとして写研から1979年に発売された横組み専用書体である。
 鈴木勉氏は1949年横浜生まれ。1969年に東京デザイナー学院を卒業し、写研(当時は「写真植字機研究所」)に入社。1972年、第2回石井賞創作タイプフェイスコンテスト第1位。1974年の第3回石井賞創作タイプフェイスコンテストでは、2回連続の第1位を獲得。第2回の書体は「スーボ」として、第3回の書体はのちの「スーシャ」として写植文字盤が発売された。1989年に写研を退職し有限会社「字游工房」設立。1998年に49歳で死去された。
 スーシャについては『鈴木勉の本』でつぎのようなエピソードが紹介されている。

 書体デザイン界の高倉健を自任し、寡黙で渋い男を標榜していた鈴木は、みんなに「スーボ」のようだと言われることが不満だったようだ。そのイメージを一掃するかのように、彼はその二年後、贅肉を削ぎ落とした繊細で都会的な横組み専用書体の「スーシャ」を制作したのである。本人はスーシャこそ自分であると思いたがっていた節がある。

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●「いまりゅうD」の仮想ボディ

 漢字が全角でないという、当時としては画期的な書体である。漢字書体の仮想ボディを 「第10回石井賞1位書体」では13/16emで設定していた。そのまま進めていたところ、写研の石井裕子社長より「(同じQ数で並べたときに)他の書体より小さく見える」という指摘があり、部内で検討した結果、「いまりゅうD」では、少し大きくして14/16emに変更することになった。図のピンクのところが「いまりゅうD」の仮想ボディである。これにより、和字が下側に張り出すのは3/16emから2/16emになった。2/3の長さしかとれなくなったのだ。
 漢字書体での、見た目の大きさは近づいたが、商品としての使いやすさを優先したばかりに、「第10回石井賞1位書体」の特徴である和字(かな)書体の伸びやかさが失われたのは否めないことであった。杉浦康平氏の審査評がずっと気になっていた。

石井賞を受賞した今田氏の作品は、「手」の動きを生かし、アルファベットのアッセンダー/ディセンダーに似た、視線の律動快感を生みだした。文字は音(ノイズ)やリズム、さらにほどよい冗長度によって魅力を加える。文字が秘める音楽的な力を巧みに引き出している。

 それでも、別の審査員から挙げられた「漢字の大きさを少し押さえ過ぎた」などの指摘を踏まえて、さまざまな試作を重ねながら書体見本を作成した。とくに「第10回石井賞1位書体」の掠法はトメになっている点について、「いまりゅうD」ではハライにした。そうすることによって、できるだけ伸びやかさを失わないようにした。
 漢字書体は私と5名の社員が制作にあたった。個人差が出やすい書体だったが、作字合成法を駆使してまとめていった。メインプレートの原字から、第1外字文字盤(DRYU S1−S7)、汎用外字文字盤(DRYU HG1−2)、正字文字盤(SDRYU B1−2)の原字まで、ほぼ同じメンバーで制作することができたのはよかった。

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●「いまりゅうD」の書体見本

 欧字(ラテン文字)はもちろん、和字(かな)もプロポーショナル先行で制作した。つまり欧字書体の欧文文字盤(E208-34)と和字書体のつめ組用かな文字盤(TDRYU Y1−2)とを制作してから、メインプレートに収録される欧字書体と和字書体の原字を制作することにしたのだ。
 和字書体をプロポーショナルから制作したのは写研では「いまりゅうD」が初めてである。16ユニット・システムという制約はあったが、これは画期的なことなのである。ある審査員から挙げられた「和字のグループ分けに無理が感じられるところがある」などの指摘を踏まえて、また2/16emになった張り出し部分を有効に利用するように、さまざまな試行錯誤をくりかえしながらまとめていった。
 欧文文字盤とつめ組用かな文字盤、さらに専用記号文字盤(DRYU-SB)の原字は、私がひとりで担当した。
 こうしてメインプレート、第一外字文字盤、汎用外字文字盤、欧文文字盤、つめ組用かな文字盤、専用記号文字盤のすべてが完成し、1990年10月に発売された。

 これで打ち上げとなるはずであったが、前代未聞の書体である「いまりゅうD」には大きな試練が待ち受けていた。
 漢字書体は、当然14/16em送りに設定して使用するのだが、欧文文字盤やつめ組み用かな文字盤のように自動送り機能に対応した文字盤を使用する場合には一旦14/16em送りを解除してからでないと自動送り機能が使えなかった。使いづらいとのクレームが殺到したそうである。
 石井社長の指示で、原字の問題として対処することになり、14/16emを基準にした新しい16ユニット・システムに設計し直さなければならなくなった。これにより、和字書体、欧字書体および記号関係は全面的に作り直しになった。この結果、欧文文字盤、つめ組み用かな文字盤などでも、あらかじめ14/16em送りに設定しておいてからでないと使用できなくなった。
 修整後のメインプレート、欧文文字盤、つめ組み用かな文字盤および専用記号文字盤は、同年12月にようやく販売が開始された。見た目にはあまり変わりがないようで、(a)という改訂コードが付けられているが、実際には大幅な設計変更だったのである。

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●組み見本:「方丈記」より

 「いまりゅうD」は横組み専用であり、当時としては斬新すぎた書体であったためか、大々的なヒットにはならなかった。それでも目の肥えたデザイナーからの支持を得て、書籍のカバーなどで使用されている。

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●使用例:『続プログラマの妻たち』(ビレッジセンター編、株式会社ビレッジセンター出版局、1993年)

※「いまりゅうD」のメインプレート、第1外字文字盤(DRYU S1−S7)、汎用外字文字盤(DRYU HG1−2)、正字文字盤(SDRYU B1−2)、欧文文字盤(E208-34)、つめ組用かな文字盤(TDRYU Y1−2)、専用記号文字盤(DRYU-SB)を欣喜堂で保管している。


◎「いまりゅうD」和字書体(TDRYU Y1)
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◎「いまりゅうD」欧字書体(E208-34)
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◎「いまりゅうD」漢字書体(DRYU HG1)
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posted by 今田欣一 at 13:09| 航海誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする