2013年04月14日

[航海誌] 第5回 ヘルベチカ(写研バージョン)

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●ヘルベチカ・レギュラー 写真植字機用文字盤

 写真植字機用文字盤での欧字書体は、いまとなっては技術的な制約の多かった時代のものである。こういう苦労もあったという思い出話として記しておきたい。それにしても、文字盤上に記されている「Hight」ってなんだろう(笑)。

ヘルベチカを、写研の写植用文字盤として発売することになったのは、ユーザーからの要望が強かったからだったと思う。欧文書体として初めてのライセンス契約に基づくものであった。制作を担当したのは、半田哲也氏(現在字游工房)、岡田安広氏と私。みんな24、5歳のときであった。
 ハース社から送られてきたのは、活字の清刷であった。我々はここから原字として再現しなければならなかった。当然のことながら、同一書体でもポイント・サイズごとに清刷がある。どのように違うのか、そのあたりから手を付けたのだった。
 ポイント・サイズによっても、レターフォームに大きな差はなかった。決定的に違ったのは、サイド・ベアリングである。大ポイントではサイド・ベアリングは小さく、小ポイントではサイド・ベアリングは大きくなっていた。チーム内でいろいろ検討した結果、最大ポイントのものを拡大して使用することにし、その書体の基準となるポイント数におけるサイド・ベアリングの数値に合わせていこうということになった。
 さらに重要な問題としてユニット・システムがあった。当時の手動写植機は16ユニット・システムだった。つまり、全角の16等分を1ユニットとして、その倍数でボディ・サイズを設定しなければならなかった。清刷の字面のままユニットを設定すればいいというものではない。サイド・ベアリングとの微妙なバランスによって、字面を調整しなければならなかったのである。

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● 16ユニット・システムの説明図
『写植NOW[1]』(株式会社写研、1977年)より

 下っ端だった私の実際の作業は、レターフォームとサイド・ベアリングの計測から始まった。厳しい条件の中、オリジナルに視覚的に合わせるためにはどうしても必要な作業である。こうしてサイド・ベアリングの基準値を決定したのである。活字書体設計というと、実際に「描く」ということだけを考えがちであるが、このような調査の時間も必要なのである。そのような調査に、何日を要したことだろうか。
 デザイン自体も慎重に行われた。オリジナルの線を大切にするということから、清刷を拡大して切り貼りによって、ユニット・システムに合うようにレターフォームとサイド・ベアリングを調整していくのである。そのためには大幅な変更を余儀なくされることもある。ちょうど中間に来るようなキャラクターには頭を悩ませたのである。   
 オリジナルのイメージを損なわないように、オリジナルを拡大したものと比較しながら、カーブやウエイトの調整をしていったのだ。重ねてみれば全く異なるものを同じように見せようというのであるから難しい作業だ。レターフォームを少し詰めるというようなことは現在では簡単に出来るようになったが、当時の手作業ではかなり大変なことだったのである。
 こうしてテスト文字盤を作成し、ハース社の活字見本帳と同じ体裁で印字してみる。その上で、さらに修整を施す。最終的にはハース社に確認しOKが出るまで、修整をくりかえすのである。OKが出て、やっと完成となった。同様の方法により、我々のチームは、ヘルベチカのファミリー17書体を制作したのである。
posted by 今田欣一 at 12:51| 1章:「ボカッシイ」の時代(1977–1983) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする