2016年08月20日

倉敷市歴史民俗資料館「教科書のうつりかわり」展

2016年8月13日(土曜日)
倉敷市歴史民俗資料館「教科書のうつりかわり」展
(説明していただいた方のお名前を聞きそびれました)

倉敷を訪れたのは久しぶりのことです。美観地区の様子も大きく変わっていました。美観地区の横を通り過ぎ、左手に倉敷市芸文館・大山名人記念館、右手に市立図書館・市立美術館を見ながら、倉敷市役所をめざしました。

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市役所のとなりに、目的の倉敷市歴史民俗資料館がありました。倉敷市歴史民俗資料館となっていますが、国登録有形文化財・旧倉敷幼稚園といったほうがいいのかもしれません。

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最大の特徴は八角形の旧遊戯室です。内部に支柱を使わず広い空間を確保する、この様式をとどめる園舎は現存する唯一のものといわれています。この建物については詳しく説明していただいたのですが、展示内容の説明はありませんでした。

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歴史民俗資料館としては珍しく、幕末以降の教科書が展示されています。

展示内容
1 寺子屋で使用された教本
2 明治初期の尋常小学校で使用された教科書
3 国定教科書 1 期〜5期(明治37年〜昭和20年)
4 戦後の教科書

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手書きの説明板はかなりくたびれていました。35年前の担当者の努力がわかるだけに、置き去りにされているのは残念なことです。

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「展示品は別の施設に移管して、本来の遊戯室として使いたい」
説明してくれた方が話されていました。教科書のコレクションを生かすためにも、そのほうがいいのかなと思いました。
posted by 今田欣一 at 08:49| 文字する時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

本居宣長記念館「宣長、本を出す」展

2016年2月20日(土曜日)
本居宣長記念館「宣長、本を出す」展
館長による展示説明会 吉田悦之館長

名古屋から快速みえ1号で松阪へ向かいました。

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雨の中を本居宣長記念館へ。1988年 3月に訪れて以来なので、28年ぶりになります。

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「宣長、本を出す」展が開催中でした。11時から12時までの「館長による展示説明会」に合流することができました。

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展示内容
01 本は出版することに意味がある/『源氏物語』紫式部との出会い/契沖との出会い
02 帰郷した宣長は友人から運命の一冊を借りた/本がつなぐ真淵と宣長/松阪にはこんなにすごい本があった
03 世界だって見ることができる
04 二つの箱
05 忙しい寛政年間/宣長の偉業/アルバイトだってしますよ
06 やちまた
07 職人のわざ
08 お墓へのこだわり
09 宣長が詠んだ『古事記』の世界
10 読みたい本は自分で写す
11 はじめての出版
12 思わぬアクシデント/校正だって手を抜かない
13 鈴屋ネットワーク 本をめぐるドラマ
14 本の貸し借りのススメ/帰ってきた『古事記伝』/貸したり借りたり
15 細やかな生活
16 春庭の本


鈴屋(本居宣長旧宅)にも。雨が降っていたので、2階の書斎ははっきり見えなかったけど。

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posted by 今田欣一 at 21:24| 文字する時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

オックスフォードの思い出3 デジタルタイプとの出会い

(この記事は1990年に書いたものを掲載しています。英語がさっぱりわからないので、以下の記述には間違いがあるかもしれません。悪しからず)

クライスト・チャーチ(Christ Church)
ぼくたちが宿泊したクライスト・チャーチ(Christ Church)では、デジタルタイプに関するワークショップが開催されていた。それまでは筆と墨で書体設計を行っていた。コンピューターとは無縁だったので、とても新鮮に感じられた。


書体設計(Type design on the Macintosh)
1990年9月2日 13:30-15:00

(スケジュール表にチェックしていたのだが、その講義内容については残念ながら記憶していない。ビデオにも写っていないし、写真も撮っていない)

講師はロバート・スリムバック氏である。スリムバック氏はアドビ・システムズのタイプ・デザイナーだった。ITCおよびアドビのオリジナルとしての活字書体を設計している。彼の設計した書体には、ITC スリムバック、ITC ジョバンニ、ユートピア、アドビ・ギャラモン、ミニオンなどがある。
資料によれば、マッキントッシュでの書体設計を、開発されたミニオン・ファミリーを取り上げて、実際にマッキントッシュでのソフトウェアを操作しながら説明するということになっている。
ぼくが会社でコンピューターを使う機会はなかった。書体設計・制作はアナログでおこない、それをデジタルに変換するという考え方が支配していた。デジタル化のセクションは関係者以外の立ち入りを禁じられていた。

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書体工房(Type studio)
1990年9月2日 15:15-16:15

(こちらはビデオに映像が残っているので、確かに聴いている)

同じ会場でジョナサン・ホーフラー氏のワークショップがあった。ホーフラー氏の宝物は6歳の時に父親の事務所から無意識に奪い取った活字見本帳であるという。そのときから活字への熱狂が始まったそうだ。現在(1990年当時)はニューヨークで、タイポグラフィを専門に扱う小さなデザイン・スタジオを運営しているということだ。
ホーフラー氏は、羽根ペンからパンチ・カッターに至る歴史にたいして、コンピューターによる活字設計を「革命」と位置づけた。ホーフラー氏の講義は「全体論的マッキントッシュ・タイプ・ワークショップ」というテーマが、プロジェクターからうつしだされてはじまった。
フォントグラファーというソフトウェアをもちいて、アウトラインのコントロールやサイドベアアリングの調整がいかに効率よくおこなえるかということを強調した。それは参加者がコンピューターによる電子活字の設計への移行を決意させようとするものであった。
帰国後、ぼくは個人的にイラストレーター(Adobe Illustrator)、フォトショップ(Adobe Photoshop)、ストリームライン(Adobe Streamline)、ページメーカー(Aldus PageMaker)のほかに、書体設計に必要だと思われるソフトウェアとして、フォントグラファー(Altsys Fontographer)を揃えたのだった。


posted by 今田欣一 at 08:03| 文字する時間 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする